◆ 雪月華【1】斎藤×千鶴(本編沿)

□提げ緒
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【提げ緒】



「組長! 池田屋で捕縛の際に使われた提げ緒なのですが…」
隊士が申し訳なさそうに持ってきたのは、薄茶の斑が残る、ややくたびれた白い、刀の提げ緒だった。
「洗ったのですが…」
薄茶は血の染みだ。綺麗には落ちない。
提げ緒は薄汚れたように見える。
「俺のだな。確かに受け取った」
斎藤は静かにそう言って、そのまま歩き去った。




それから初めての斎藤の休みの日。
買い物に出ると言い置いて、斎藤は屯所を後にした。

街に出て、提げ緒を扱う店に入る。
薄茶の染みが残った提げ緒は使えなくは無いが、特に高額なものではない。
なので買い換えるつもりで屯所を出てきている。

斎藤は白い提げ緒を目で探した。
何の変哲も無い白い提げ緒に目を止め、手を伸ばす。
と、その目に、角朝(かくちょう)の、白に銀糸を散らしたものが飛び込んできた。
刃の光に似た銀は、綺麗に見えた。
斎藤は誰にもわからぬ程僅かに目元を緩めた。

その向こうには、竜甲組の、黒地に中央に銀の走ったものがあった。
それを見た時に、斎藤は千鶴の小太刀を思い出した。
刀身と同じく、丁寧な仕事をされた良い拵えの刀だ。 あの小太刀に、この黒と銀の提げ緒はよく似合うように思えた。

白に銀のものと、黒に銀のもの、両方を手に取る。



しかし、いきなり贈ってよいものか。
他の幹部は千鶴に、団子だの何だのと巡察帰りに小まめに土産を持ち寄っていた。
巡察の途中で私事を行う事に抵抗のある斎藤は、感覚がよくわからない。
しかし、池田屋では頑張っていた姿を見ている。
ご褒美…を、自分がやるのも変だが、怪我人の処置を指示したのは自分だ。
少し位は良かろう、と思った。


しかし斎藤は更に逡巡した。
あの小太刀は、父親から特に大切にするように言われていると千鶴は言っていた。
贈ったところで使い道がなければ、あの娘はおそらく申し訳ないような顔になるだろう。
困らせたくは無かった。


斎藤本人が思っているより長く、斎藤は立ち尽くしていた。

斎藤が黒銀の提げ緒を元の場所に戻そうとすると、店主がボソリと、何がどう良いのかの説明ではなく、
「それは良いものだよ」とだけ言った。


斎藤は店主を見やった後、戻そうとした2本の提げ緒を再度手にした。


良いもの、か。


斎藤は、千鶴が髪を結った後、飾り紐をかさねていた事を記憶から引っ張り出した。
提げ緒としてでは使えなくとも、別の使い道があるやもしれぬな。


斎藤は自分の中で理由を見つけ、買うことを決めた。


千鶴が使うなら短めの方が良かろうと考えて、自分の7寸のものより短いものを選んだ。

その後も斎藤は、屯所に戻る途中の店で目についたものを、千鶴の為にと、花を漉き込んだ懐紙やら何やら細々買い込んでしまった。



提げ緒だけならいつなりと渡せただろうが、存外に増やしてしまった土産があるため、斎藤は、監視役の当番が回って来るのを待って渡すことにした。
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