◆ 雪月華【1】斎藤×千鶴(本編沿)

□お目玉
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池田屋事件の翌日の夜。

祝杯は平助や沖田の怪我が治ってからとなったが、その夜はささやかながら諸白の上等な酒が振る舞われた。
広間に未だに残って飲んでいるのはいつもの面子より少ない。
怪我人が養生のため引きこもっているからである。

その中で、千鶴を見直した永倉が、ご機嫌で千鶴に酒を勧めている。
人数が少ない事もあって千鶴は逃げ損なっている。
「祝い酒だからよ、ちょいっと舐めとけって! ぶっ倒れても、ちゃーんと俺が面倒みてやるからよ!」
「新八の方が先にぶっ倒れるんじゃねぇのかー?」
左之助は笑うが、特段止めには入らなかった。
斎藤も今夜は良い酒に満足して手酌で淡々とやっている。

千鶴は、えいっとばかりに手渡された液体を煽った。
「わっ! 千鶴ちゃん! いっきに飲むなよ!」
勧めておいて新八は慌てるが、酒が入っているので半ば笑いの種である。

美味しくないし、喉が焼けた。
しかし薬とでも思えば飲めなくはなかった。
空にした湯呑に、新八は更に酒を注ぐ。
「良い酒だからよー、ゆっくりのむんだぜぇ」
永倉が千鶴の背中をバンバン叩く。

しかし千鶴の頭は早々に靄がかかり始めていた。
「これが美味しいお酒なんれすか?」
「お、美味いよー!いつもの何倍も美味い!」
不運な事に、原田は土方に絡まれ始め、斎藤は月を肴にしていた。
調子に乗った永倉に勧められるまま、千鶴は杯を重ねた。

原田が千鶴の様子に気付いたのは、やや手遅れだった。
「おい、新八、飲ませ過ぎ…」
原田が永倉を止める前に、黒い影が千鶴の姿を隠した。
斎藤は、千鶴の手を掴むと庭へと引きたてていく。
千鶴は危うい足運びで斎藤に引き摺られるようについていくしかない。

「斎藤?!」
まさか斎藤まで酔って何かやらかそうというのかと、原田は驚いた。
斎藤は千鶴を庭に連れ出し灌木の陰に連れて行った。
そして、がしりと千鶴の肩を抱いた。
「はいとーはん?」
へろりとした声で名を呼んで、千鶴は斎藤を見上げる。
原田は慌てて立ち上がると、斎藤の方へ向かう。

「ぐえっ!」
ひしゃげたカエルのような声が、原田の耳に届いた。
斎藤は千鶴の口に指をつっこんでいた。
斎藤がやらんとしていることが分かった原田は、長いため息を一つついた。
女相手に…もう少しやり方があるだろう、と思ったが、正しい処置ではあるので斎藤を止めはしない。

「うーっ、うーっ」
斎藤に指を突っ込まれ、舌を押さえられて千鶴はもがいた。
「あくー! はいほーはん! あめてくらはいー! あくー!」
「吐かせているのだ。あんた、飲みすぎているだろう」
「うー!」
斎藤から逃げられるはずもなく、千鶴は飲んだものを土に返した。
「今水を持ってきてやる。 待っていろ」
斎藤の涼しい声に、千鶴はいっきに自己嫌悪に陥った。
そっと出したものに土をかけて隠す。

吐いてから、驚くほどに胸がすっきりしていた。
がっくりと肩を落としていると、斎藤が急須ごと水を持ってきた。
そこから水を注ぐと千鶴の前に突き出す。
千鶴は大人しく受け取った。
「すみません…」
「飲み慣れていなければあんなものだ。 問題ない」
「…お蔭様で体が楽になりました」
「全部飲め」
「いえ、充分です」
「ダメだ。全部飲め」

斎藤に冷たく睨まれ、千鶴は大人しく大量の水を飲んだ。
「もう飲めません…」
水が、のど元まで来ている気がする。
「よし」
斎藤は千鶴を再び広間に戻した。


斎藤は様子を見ていたらしい原田に目を止めると、
「これでもう少し飲めるだろう」
と言った。
「………斎藤………」
斎藤は隊きっての酒飲みである。
斎藤の発言に、さすがの原田もやや呆れた。
「斎藤、お前も少し酔ってんじゃねぇ?」
「……そうかもしれん」
原田の目には、斎藤の顔がやや嬉しげに動いたように見えた。
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