◆ 続・妖怪ハンター“S”

□7.千客万来の事【2】
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【盆 4】




玄関扉を開ける派手な音がした。
すぐに、ドタドタという大きな足音が幾つも近づいてきた。
光は土方の背中に隠れるように集まり出した。
土方と千鶴はその様子を見守っていた。
「なんだか、可愛くなってくるな」
千鶴は、土方の言っていることが解る気がした。
光は土方を守るように、土方に守られようとするように、
ふよふよと浮いている。

土方は光の動きを見守った。
光が足音に怯えて自分にすがっているようで、笑いがこみ上げてきた。
遠い日に、劣勢の軍の中で自分に付き従う者達を愛おしく思った事が甦る。
あの中の何人が生き残り、何人を鬼籍に送り込んだか。
連中も男だ。
自分の考えで行動を選んでいたのだ。
そう思えるようになってきたのは、歳のせいか、平和なせいか。
または。
成長と変化を見せてくれる仲間たちのお陰か。



「土方さん!」
斎藤が部屋に飛び込んで来た。
「おう。無事だ」
斎藤の背後から男が1人。
その後ろから、原田が部屋に飛び込んで来た。


「……ああ。こりゃあ大丈夫だよ、ごろちゃん」
斎藤が連れてきたのはつっちーだった。
つっちーは土方を見て目を僅かに細めた後、
落ち着いた声を出した。


「大丈夫、とは?」
「この光は、この人が懐かしくなって寄ってきただけだ。
しっかし良い数揃ってんなぁ。
幾つあるんだ、この光。
なぁあんた、大人物だな。何者だ?」
つっちーが土方に笑った。
記憶と、つっちーの言葉の重なりに、
土方は苦笑いだけを返した。

「どうすれば良い?」
斎藤がつっちーに尋ねる。
「放っておけよ。盆が終わりゃ帰る」
「……盆……?」
「ああ。盆で、帰ってきてるだけだよ。
それよりソッチだ」
つっちーが、千鶴の抱いた黒猫を見た。
「悪いモンじゃねぇが、光に比べりゃとんでもなく強いぜ」
つっちーの視線を、黒猫は、翠の瞳で真っ直ぐに受け止めた。

「にゃ」
黒猫は小さく鳴いた。
「猫がか?」
「こいつ、ごろちゃんとこの飼い猫か?」
「いや。今日、門の上に居た」
「こいつが光に居場所教えて呼んだようなもんだぜ、多分」
「猫がか?」
斎藤が同じ問いを繰り返す。
原田と千鶴は顔を見合わせた。
確かに、光が集まる前の猫の様子は変だった。
動物が異変を察知したのかと思っていたのだが、
どうやら逆で、この猫が引き金なのだと言う。

「ああ。なんつーか、ふてぶてしい奴だなー」
つっちーは、少しばかり嫌そうに一歩引いた。

「…………」
「…………」
「…………」
翠の瞳のふてぶてしい奴。
光を呼んで、驚かせる奴。
土方、斎藤、原田は、同じ人物を思い浮かべていた。
他に思いつかない。

3人一斉に、眉間に皺を寄せた。



「千鶴。猫を下ろせ」
斎藤の冷えた声がした。
「え?」
「総司だ」
「へ?」
「その猫は総司だ」
「にゃ」
猫は小さく鳴いて、千鶴の胸に擦り寄った。
「……猫ですよ?」
「下りろ総司ッ!」
斎藤が腕を伸ばすと、猫はひらりと逃げた。
千鶴の足にまた擦り寄る。
「待てッ!」
斎藤が捕まえようとすると、するりと逃げる。逃げながら千鶴に甘える。
「…………あー……」
「…………あーあ……」
土方と原田は、沖田と斎藤の往年そのままの様子に、ため息をついた。

「キャッ!ははははじめさんっ!!」
斎藤は捕まらない猫を追うのを止めた。
千鶴から猫を離すその代わりに。


猫から、千鶴を、取り上げた。


これも往年通りなので、土方と原田はもう1度息を吐いた。
「んにゃっ!」
猫が不愉快そうに斎藤を見上げて鳴いた。


「……おーい。ごろちゃーん?」
つっちーは、初めて見る斎藤の感情的な行動に驚いた。
「何だっ」
普段はほとんど表情を崩さない斎藤に
不機嫌も露な顔で睨まれ、更に驚いた。

つっちーはその斎藤を見て、帰る、と言うか、
噂のごろちゃんの奥方に挨拶するか、
どちらにするかを迷った。
「……あのさ、それが嫁さん?」
「そうだ!」
文句があるかと言わんばかりに睨まれた。



いや、さー。
そうだ、じゃ、なくてさ。
紹介っつーか、するじゃん、普通。
俺としても、初めましての挨拶位はしておこうかと思うんだけどさ。
どうしたんだよ、ごろちゃん……。
……とにかくまず、嫁さん、下ろせよ。
猫相手に何やってんだよ……。



だが斎藤は一向に千鶴を下ろす気配が無い。

土方と原田は、斎藤の足元に翠の瞳の黒猫が居る限り、
斎藤は千鶴を下ろさないだろうと思う。
黒猫が面白がって斎藤の足元から離れないだろうというのもわかる。

「左之」
土方の声に、原田は苦笑いで、やる気も無さげに猫に手を伸ばした。
猫はやはりするりと逃げる。
「トシさん、無理だよ。総司の上に猫なんだぜ。捕まらねぇよ」
どうやらこの黒猫は沖田だと断定されたらしい。
「それもそうか」

土方は息を吐いて立ち上がり、つっちーを真っ直ぐ見た。
つっちーは、土方の目に惹かれた。
何かを、感じた。
「なぁ、あんた。
俺のせいで余計な世話かけちまったみたいだな。すまねぇ」
「いや、これも仕事っちゃあ仕事だから、いいんだけどよ……」
つっちーは斎藤と、斎藤に抱えられた千鶴をチラリと見た。
土方は苦笑し、助け舟を出す。
「ソレは千鶴だ」
「……ソレ?」
土方の言い方に、つっちーは同じ言葉を繰り返した。
御新造とこの客は古くからの馴染みらしい。
どちらも美形だから、兄妹なのだろうか、と思った。

「は、はじめまして。千鶴と申します。
こんな姿ですみません……」
子供のように縦抱きで斎藤に抱え上げられたまま、
千鶴はペコリと頭を下げた。
暗いのでわかりにくいが、顔が赤くなっているようだ。

「あの、下ろして下さい……」
千鶴が小さな声で斎藤に言った。
斎藤は足元の猫を追い払おうとしているが、
成功していない。
「駄目だ」
「でも、あの、同僚の方の前ですし……」
斎藤が千鶴を下ろす様子は無い。
「あー。良いよ、別に。そのままで
千鶴、サン?
ごろちゃんには世話になってる。
ま、宜しく頼むな。
噂通りの美人が拝めてツイてるわ」
つっちーは、千鶴を見上げて笑った。
「で、どうする?」
つっちーは斎藤に目を戻して尋ねた。
「どうする、とは?」
「猫。追い返すか?
光は朝には消えてるんじゃないかと思うんだけどよ。
まぁ、消えなくても、盆の間位なら問題無え。
長く続くようなら帰すけどな。
けど、この猫は一筋縄じゃいかないだろ」

土方達は、顔を見合わせた後、黒猫を見た。
「ロクな事にならねぇのはわかるんだが……」
土方がため息混じりに言う。
「盆に来たのに追い返すってのも、なぁ……」
原田もため息混じりに言う。
「………………」
斎藤は、千鶴を抱いたまま、長く深いため息をついた。
千鶴は、3人の反応に、ただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

「思い当たる奴が居るんだな?」
四人の様子に、つっちーが笑いながら斎藤に言った。
「ああ。間違いないだろう」
「フン。じゃ、盆過ぎても変わらないようなら言えよ。
長滞在はこいつの為にもならねぇからさ。
見送りの手伝い位ならやってやっからさ」
「……わかった」
「千客万来、って言うが、正に“千”だな」
つっちーは、土方にまとわりつく光を見て言った。
「あんた、何者だ?」
「……昔は刀振り回してたからな。恨んでる奴も居るだろ」
「恨んでる奴らじゃ無えよ。
綺麗な光だろ。
ま、言いたくないなら良いさ。
じゃ、ごろちゃん、俺行くわ。
カミさんも見たしな。
っと、ああ、この人、カミさんの兄貴?」
つっちーは、土方を指して言った。
「はぁ?!」
「あぁ?!」
「っ?!」
「えええええええっ?!」

「違うのか」
「違う……」
つっちーの発言に、斎藤もさすがに驚いた。
「何故……」
「どっちも美人だからな。
鬼は美形ばっかりじゃねえとは聞くが、どうなのかと思ってさ。違うのか」

「鬼?!」
千鶴が驚いた声を出した。
「……まあ……鬼だけどよ」
原田が思わず漏らした。
「やっぱりあんたも鬼なのか」
つっちーが土方を見て言った。
「俺ぁただの人間だ」
「でもこの人が、鬼って……」
つっちーは原田を指した。
「いや、そもそもなんで、千鶴が鬼だと?
斎藤?」
原田が斎藤に、千鶴が鬼だと言ったのかと言外に尋ねる。
「……同じ課のモノを、千鶴が蹴り飛ばした事があった。
そんな事が出来るのは人間ではない、
だから鬼だろう、と、決めつけられた」
「蹴り飛ばしたのか。相変わらず向こう見ずだな」
土方が笑い出した。
土方の背後の光も揺れた。
「あ、あれは、両手が塞がっていてっ!
はじめさん、酷いですー!」


「斎藤、はじめ、に、鬼のヒジカタ、ね……。
ふうん?」


つっちーの呟きに、土方の目が細められた。
斎藤の顔もわずかに歪む。
「妖刀にも、なるか」
つっちーは1人納得したように呟いた。
つっちーは顔を上げて、原田を見た。
「なぁ、あんた。名前は?」
「…………」
不穏なものを察して、原田は答えない。
「あー……。別に聞いてどうこうする気は無えよ。面倒は御免だ。
ごろちゃんはごろちゃんだしな。
あんたらも妖刀持ちか?」
「あ?」
「刀は?」
「あるぜ」
「見せてくれねぇか?」
土方と原田は斎藤を見た。
「問題無い」
斎藤の言葉に、土方と原田は、
部屋の隅に置いていた刀をつっちーの前に突き出した。
「触るぜ?」
二人はうなづいた。
「……普通だな。……こっちはかなりキテるが、普通か……」
つっちーは口の中でブツブツと言った。
普通だと言われた土方の今の刀は、戦後買い求めたものだ。
土方はこの刀では一度も斬っていない。
原田の刀は昔からのものである。
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