◆ 続・妖怪ハンター“S”

□6.千客万来の事【1】
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【盆 1】




「ああ? 盆休みなんて、超忙しいに決まってんじゃん。
無い無い!
しかもちっちぇえゴタゴタばっかり!
それでも一族集まってる家も多いからよ、
警察のメンツ的にも行かなきゃなんねぇんだよなー」

つっちーに、盆休みについて尋ねたところ、
こんな返事だった。
「何か予定があったのか?」
「いや」
短く返事をして、斎藤は自分の席に向かった。
盆に来るような係累は無い。
だが周囲がざわめく時期に仕事では、
千鶴に寂しい思いをさせるだろう。
ただそう思っただけだった。



**********



七月も半ば。
斎藤と千鶴は、暑中見舞いを持って土方の元を訪れた。

「おう、来たな。何も無いがゆっくりしてけ」
そう言われたが、部屋の中には山積みの紙の束や、
よくわからない液体の入った壺など、
ぎっしりと並んで、色々置いてあった。
千鶴は興味深げに覗き込んだ。
「千鶴、危ねえ薬もあるから、ゆう坊気を付けろよ」

土方に言われ、勇三郎を抱いていた千鶴は、サッと壺から離れた。
それでもまだキョロキョロと、部屋の中を見ている。
見慣れない物が多い。

屋根から吊るされた四枚羽根から下がる紐を引く土方を、
斎藤と千鶴は首を傾げて見た。
「左之の奴が、細かい事は出来ないくせに、
意外とこんなもんを考えて作るのが得意だったらしくてな。
工場の方で作ったやつが悪く無かったから、こっちでもぶら下げた」
土方が手を離すと、羽根は紐を巻き取りながらぐるぐる回った。
ついでに風が起きた。
「うわぁ!風が来ます!」
千鶴が目を輝かせて羽根を見た。
「釜で煮るときに暑いからって作ったんだが、
この通りすぐ止まる。
でもまぁ、団扇で煽ぐよりは楽でな。
左之なんざ、ここでは寝転がって足で紐引いてやがるよ」
「ったりめーだ。楽する為に作ったんだからよ」
原田も顔を出した。
「あんたが机に向かってゴチャゴチャやってる間、
釜当番するこっちにもなれってんだ。
よ、斎藤、千鶴。ゆう坊も。
元気そうだな」

話しているうちに、仕出しの飯が届けられ、酒が並べられた。



美味い酒と懐かしい仲間が並んで、話に花が咲かぬ筈がない。
「じゃあ、斎藤は盆は仕事なのか。
千鶴はつまらねぇだろ」
「はい。良かったら遊びにいらして下さい」
「盆はこっちも休みだからな。
一緒に迎えるか」

「お。トシさん、休む気あったのか」
原田は今や、土方の事を“トシさん”と呼ぶようになっていた。
最初は“土方”という名字を避ける為だったが、
今やすっかり馴染んで、
共に働く者たちまでトシさんと呼ぶのだと笑った。

「盆にゃあ、地獄の釜の蓋が開いてんだ。
ここまで開けっ放しじゃ暑くなってやりきれねぇだろ」
「ここにも仕事の鬼が居るんだから変わらねぇよ。
いや、地獄っつーか、鬼ヶ島か。
人使いの荒さは昔通りなんだぜ」
原田は笑いながら肩をすくめた。
「お二人がいらして下さるなら、賑やかになって
皆集まるかもしれませんね」
空の下ではもう会えぬ仲間たちを思う。

「そいつぁ良いや。
千鶴、本当に良いのか?
斎藤?」
原田が斎藤の意向を問う。
「治安の上でも来て頂けると助かります」
斎藤も静かに笑みを浮かべる。
「まだまだこの町は落ち着かねェみたいだな。
危ねぇ話ばかり聞こえてきやがる」
「ああ、ちょっと前なんて、人喰い鬼が出るってんで笑ったな」
「お笑いになったのですか?」
「鬼はここに居るだろ。トシ鬼」
「私もですけれど」
千鶴も、自分が鬼だという事を笑える程になっていた。
過去を癒した時間と、
千鶴を大きく包んできた、仲間の、男としての器に、
土方と原田は視線を交わして喜んだ。
「千鶴は斎藤限定の鬼だな。
また締め上げられてんのか?」
「いえ、そんな事は……」
土方の冗談に、斎藤は僅かに頬を赤らめて顔を逸らした。
「お前の部署は、そんなに忙しく無いのか?」
「町の治安を守る職務とは別の内容なので」
「良かったな、千鶴」
「はい」

嬉しそうに笑う千鶴に、土方も原田もつい和む。
その時、勇三郎がとことこと土方に向かって行った。
「もう歩けるのか」
「はい。もう目が離せません」
「放っとくと、トシさんとこに行っちまうもんなぁ」
「本当に」
コロコロと千鶴は笑った。



……盆に来てもらえるのは有難いが。
また千鶴の悋気が起きぬと良いのだが。
……何故、このような心配をせねばならぬのか……。



杯を傾けながら、頭の中で悋気回避の方法を模索する斎藤だった。



楽しい時間を過ごし、斎藤と千鶴は土方たちの元を辞した。
「盆は賑やかになりそうで良かったな、千鶴」
「はい。楽しみです。
でも、はじめさんはお仕事なんですね……」
「だから来て頂くのだ」
「そうですね。気が紛れますよね」



気が紛れるどころではなくなるのだが。
この時は、二人とも単純に楽しみにしていた。
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