◆ 続・妖怪ハンター“S”

□5.人喰い隠忍(おに)の事
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【人喰う隠忍 1】




その噂は斎藤も聞いていた。
橋の下に、人を喰う鬼が出る、と言う。



***********



斎藤が、この特殊二課に来て暫く経ったが、
相変わらず活躍の場は特に無い。
他の面々の仕事の前後の手伝いと、
ジョンへのエサやりが主な仕事のままである。
以前の自分ならば焦れていただろうが、
今大事なのは、千鶴と子の勇三郎なので、
余力がある現状に感謝している。
余った活力は、家庭と、剣の腕の研鑽に費やしている。

とは言え、他の警察官たちが、治安維持に四苦八苦し、
その割に、治安が良くならないという評判には
斎藤とて思うところが無いでも無い。

しかし自分は特殊2課。
まずは与えられた仕事をこなすべきと考えていた。



「や。打ち合わせ始めるよー」
いつものように、間延びしたような後藤の声が掛かり、
全員が椅子を引いて後藤の机の周りに集まった。
「や。今回はね、出番はジョン君と……ごろちゃんだね。
あと、つっちーもかな」
自分の名を呼ばれ、斎藤は少しばかり目を光らせた。
「へえ。久しぶりだな」
「まだ居たのですね」
つっちーとともちゃんが、後藤の言葉にそう反応した。 今回は幽霊の類では無く、
物理的な攻撃が通用する相手なのだな、と、捉えた。

つっちーとともちゃんの言葉がわからなかったが、
わからないまま、斎藤は黙って後藤の説明を待つ。
「ん。割と凶悪だよー。
前々から見たって話は出てたんだけどね。
早急に、って事だから、今日片付けちゃおうね」
「妖怪なら、出る時間のアタリついてるよね?」
ジョンが尋ねた。
「ん。夜だね」

「ふぅん。今日なんだ。
大きさとか形とか細かいことは?」
後藤は本格的に話しだした。
「ん。2本足、7尺近く、大型。
以前より目撃情報あり、
近隣にて不審死の報告あり、
ただしこれは野犬の可能性もあり。
この十日、連日被害が発生したため、異常として退治要請発生。
これ最近、遊び食いを始めてる。
急に死体の傷が酷くなってるって」


斎藤は話を聞きながら、本当に妖怪なのだろうか、と思った。
斎藤は現実的な男である。
妖怪、魑魅魍魎は見た事はあるが、
そうそうそこら中に跋扈しているものでは無いと考えている。
今回の件も、単に誰も知らない動物なのではないのか、と考えた。
ならば、遊び食いはさておき、捕食対象に人間を選ぶ事自体は
非難する気になれない。
それでも人が襲われ、仕事として発生した以上、
退治を遂行するつもりではある。


斎藤は、幽霊や魑魅魍魎は、怖くはない。
ただ、イヤ。
とにかくイヤ。


なので今回の件は、動物だと良い、と思った。
……動物を殺したい訳では無い。
ただ、動物と己とは同じ土俵で戦うものだ。
強ければ勝ち残り、弱ければ喰われる。
幽霊のように、哀しさが武器でない分、動物の方が良い。


妖怪は。 一体、どこに分類されるものなのだろうか。
テンコロバシや柳婆は、動物のようだった。
人とは違う理(ことわり)の中にあったが、己の生態の中に生きていた。
今日退治するのは、一体、何物なのだろうか。


「ん。午前中に1件済ませて、午後は各個休憩。
夕方5時に最集合でどうかな?」
「いーんじゃなーい?」
みっちゃんが返事をした。
役立たずでも、つっちーたちの仕事には斎藤やジョンも同行してきた。
今夜は出番が無さそうなみっちゃん達も、同様に同行するのだな、
と思った。



**********



昼に斎藤は家に帰り、千鶴に状況を説明した後はゴロリと寝転がった。
休むのも仕事。
夕方の四時に起こしてくれるよう頼んで、
千鶴に時計を預けた。
うつらうつらと睡魔と添い寝しながら、
斎藤の頭は眠りの淵を揺れている。



あの部署は奇妙ながら、仲が良い。
それは命や仕事を預け合う“仲間”とも違う部分をも含んでいる。

何か、千鶴との空気に近いものを含んでいる。

居心地が良いのが居心地悪い……



思考にも至らぬ、モヤのような感覚だけを残して、
斎藤は眠りに落ちた。
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