◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL

□北へ走る 完
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「お帰り。嫁は?嫁どこ?!」
長いドライブの後、一の家のドアが開いた途端飛んできた第一声だった。


千鶴は顔を上げた。
勢いでここまで来てしまったが、これからの事を落ち着いて考えると身がすくむ思いだった。

「こんな時間に、こんなに突然すみ…」

「あっ、この子? あら思ったより可愛い。はじめ、あんた意外とやるじゃん。青森の子…じゃないんだっけ。
17だっけ?はじめアンタ犯罪ジャン。 で、部屋どーするー? 一緒にすんの? アンタのあの図書室片付ける? 
ナンにせよ今夜はアンタソファで寝なさいね。 ゆっくり話聞くまで部屋は別にしといて。
あ、私ははじめの母で、斎藤ミツって言います。仕事は一階のお店でバーやってます。
だから今はちょっと疲れた顔になってると思うけど、見ないふりしてくれると嬉しいな。
夜はほとんど居ないから新婚さんの邪魔にはならないと思うけど、まぁよろしくね。
一に話を聞いた時から、こうなると思っていたのよね!
さすがでしょ? だから準備はばっちりよ!」


千鶴が挨拶の一言をする間も無く、立て板に水、というより消防車の放水のような勢いで話され、
千鶴はまず、立ち尽くした。

一の母、として、和服が似合いそうなきりっとした、岩下志麻のような女性を勝手にイメージしていたのだが。



まりりん、もんろー…。
 



千鶴はまずその人を連想した。

目の前の女性はまず、真っ赤な、女優のような口紅を塗っていた。
そして白いシャツを豪華に押し上げる胸に、ぎゅっと細いウエスト。
黒いベストを、前のボタンを開けて着ているのは前が閉まらないかもしれない。
黒のパンツからわかる腰のラインは、女の目から見ても羨ましい流線型だった。
そして若い。
バーの経営と言っていたから、仕事着なのだろうと思った。

「で、何か食べる?」
美人が笑った。
千鶴は、一が左手で顔を覆っているのを、目の端で捕らえた。

「…ただいま。まずは、家の中に入っても良いか?」



◆◆◆◆◆◆



一はソファで寝ている人間の顔を見て眉間に深い縦皺を刻んだ。
「土方先生…?」

千鶴もソファで寝ている人を見てみた。
30歳くらいに見えるが、ミツの恋人なのだろうか?

「うん。大人二人って言ってたから、昨日店に呼んで潰しておいた。
この人ならシャチハタじゃない判子持ち歩いてるし。なんだかんだ言っても先生だし。
でね、これが婚姻届でー、私の判子と、アンタの判子、それから、千、に鶴の千鶴ちゃんで良かったのよね?
印鑑作っちゃったー! 見て見て、可愛いでしょ!」

そう言いながらミツはダイニングテーブルにぽんぽんと印鑑を置いていく。
可愛いでしょ、と千鶴に渡された印鑑は透明の中に小花のデザインのもので、印面には千鶴、と彫ってあった。

「ありがとうございます」

千鶴はぺこりと頭を下げた。
この家に入ってから、やっと言えた一言だった。

「…………」
ミツの反応が無く、千鶴はドキリとした。ミツはじっと千鶴を見ている。

「はじめ、あんた…」
はぁ、と一はあからさまにため息をついた。その為千鶴の心臓は早鐘を打つ。

「でかしたわー! やだマジ可愛いじゃない! この子が娘になるんでしょ?!
しかも両親居ないって、可愛がり放題! ひゃっはー!」

豊満な胸にぎゅうぎゅうに抱かれて、千鶴はどうしたらいいかわからない。
「…千鶴、紹介する。少し変わった母、だ」
「アンタ、まだその紹介文使ってんの?」
ミツがじろりと睨む。
「経験上これが一番便利だ」

はじめは冷蔵庫を開け、お茶を取り出すとグラスに四つお茶を注いだ。
その一つを母親に差し出す。
すると、千鶴を締めていた腕が解けた。

たまたまなのか、ミツを引き離す計略なのかは千鶴にはまだわからない。
それから千鶴にも差し出しながら、自分ではもうグラスを空にしている。
最後の一つを持ってリビングに行ったところを見ると、ソファの人に渡しにいったのだろうと思った。

手持ち無沙汰で突っ立っていた千鶴に、ミツが声をかけた。
婚姻届が広げられているテーブルの前である。

「そこに、自分の名前と印鑑。でもその前に、もう一回よく考えなさい。結婚は簡単だけど、離婚は五倍の労力っていうからね

さっきまでの勢いとは違う、柔らかい言い方だった。
柔らかい声で厳しい事を言う、斎藤さんに似ている、と思う。

「これを出したら、あなたは斎藤千鶴になってしまう。あの子と夫婦って事になる。私とも家族になる。
私にとっては自慢の息子だけど、その男があなたの素敵な夫だとは限らない。
気持ちが決まったら、この印鑑を私の所に取りにいらっしゃいな」

ミツはそう言うと笑って判子をポケットに入れてしまった。

「はじめー、アンタが一番にこれ書くのがスジでしょー」
「わかった」
一が戻ってきた。 その後ろから土方と呼ばれた男がついてくる。

一も整った顔だと思っていたが、土方という男は華がある美形だった。

千鶴は立ち上がってその男性に頭を深く下げた。
入れ替わりに一が座って婚姻届を引き寄せ、ペンを握った。

「雪村千鶴と言います。お世話になります」
その男は千鶴をじろりと見た。

「アンタ、本気なのか? アンタの友達はまだまだ友達とキャーキャーやってんだぜ?
後見人の話は聞いたか? 学校に行きたければ奨学金って手だってあるし、夜間だってあるし、他にもいろいろある。
俺は高校のセンセーってやつをやってるから、アンタがその気なら相談にのれるぜ?」

反対されているのだろうか? と思う。

「おい斎藤、お前もためらいなくスラスラ名前書いてんじゃねぇよ。ちったぁ悩め」

「もう悩んだ」

ミツが、ぷっと小さく吹き出し笑いをした。
一は手を止める気配も無く名前を書き込んでいる。

「今でも、五年後でも、……三百年前でも同じだ。だから今で問題ない」
一はためらいなく印鑑を押すと席を立った。


「おかあさま、私に掴まってしまった一さんや、お母様の方がこの先大変かもしれません。
それでも強くなって、はじめさんのお役に立ちたいと思ってます。
はじめさんを守るのが目標です!
つまらない者ですが、よろしくお願いします」

千鶴はミツに頭を下げた。

「おいおい。そりゃ不束者、だろうが。つまらないもの、って、お前は手土産か」

土方に指摘され千鶴は真っ赤になって言い直した。

「ふつつかものですが! ハンコ下さい!」
「宅急便みたーい。はい、ハンコ」

ミツはコロコロと笑って印鑑を千鶴に返した。

「しかしまぁ、凄い女を捕まえたな、斎藤。お前を守るってどんだけつえーんだ?」
土方に見下ろされて千鶴は小さくなった。
「も、もくひょう…です」

「俺は千鶴に勝てない。だから正しいと思うが」
今度は恥ずかしくて千鶴は小さくなった。

「千鶴、ここに名前と印鑑」
「は、はい!」

「人を見る目があるのよ、一は。トンビが鷹を産んだってやつね」
「よく言うよ。トラがライオン産んだって話だろうが」

千鶴は、背後で展開される会話を聞きながら、土方というのは斎藤家とどういう関係なのかと思う。
これからもしょっちゅう顔を合わせるなら、少し頑張らないと慣れないかもしれない。

「書きました! お願いします!」
千鶴が席を立つ。
ミツ、土方が順に座り、書き込んでいく。

「これが受理されれば手続きは完了だ」
千鶴は一に大きくうなずいた。





数時間後。
井上の元に、役所らしき場所を背景に、一と千鶴、それからグラマラスな美人と随分な美形、そして婚姻届らしい紙を持った役人風の男が映った画像と、受理されました、という千鶴の短い文面のメールが送られてきた。

細君とそれを見ている。
「この綺麗な人は斎藤君のお母さんなのかしら?お姉さん?なんだか意外ねぇ」
「隣の男の人はなんだろうねぇ? お兄さんかねぇ?」



平助が同じ画像を見たのは、バイトの昼休み中だった。
「おめでとさん、っと。十倍返し、カモーン!」
そう言ってスマホをポケットに戻した。




夫婦という形を手に入れた二人だったが、本当の絆を手に入れたか。
それはまた、別のおはなし。




おしまい。

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