◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL
□北へ走る 10
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翌朝、一は顔を合わせた途端に頭をぶんぶん下げて謝る千鶴に出迎えられた。
「気にするな。間違った事は何も言っていない。 名前で呼ばれるのは構わない」
一は、平助を名前で呼んでいるのだから、俺の事も名前で呼べ。とは、言えなかった。
微かな笑みを向けられ、千鶴は安心と共に、密かに心を浮き立たせた。
そして朝食を終えた一は井上に呼び止められる。
「千鶴ちゃんも、ちょっと」
二人は先生に呼び出された子供のように井上の前に並んで立った。
「昨夜、雪村さんから連絡があってね。千鶴ちゃんと伊東さんを引き取りに来るそうだ。
今日の夜には着くだろう。 昼過ぎの新幹線だと言っていたから着くのは夜になるね。
向こうに行くのは明日になるだろうと思うよ」
井上は二人の顔をじっと見ている。
千鶴は悲痛な顔になっている。
「夏休みいっぱいって言っていたのに…」
千鶴の表情に恐怖が加わる。
一の方は表情こそ変わっていないものの目に力が入った。雪村への戦闘態勢と、自責の念だろうと井上は考えた。
ぶわりと一の体が一回り大きくなったように井上は感じた。
この様子なら一には何か考えがありそうだと思う。
お隣さん、という程度で千鶴を連れ出した井上には、雪村の要求を強く突っぱねる事が出来ない。
一が千鶴を守ってくれるなら、それはありがたい事だと思う。
「でね、斎藤君、もし今日どこか出かけるなら、千鶴ちゃんも観光に連れて行ってあげてくれないかと思ったんだが…」
「井上さん! 私は良いんです! そんなご迷惑は…!」
一は千鶴を静かに見下ろすと、やはり静かな声で言った。
「…お前はいつも我慢ばかりだな」
“いつも”
昨日から、この二人はどうも前々からお互いを知っているような、変な感じだねぇ。
井上は首をかしげた。
「元々今日は千鶴を借りれないか頼むつもりだった。千鶴、悪いがつきあってくれないか」
明日でお別れというのなら、少しでも長く一緒に居られるこの申し出を断れるはずが千鶴には無かった。
「…よろしくおねがいします」
千鶴はぺこりと頭を下げた。
着替えて戻って来た千鶴を前に、一はさっきから長々と固まっている。
それをこっそり横目で見ている井上は吹き出し笑いを必死でこらえた。
スカートをゆらゆらさせて、動かない一の前で千鶴が困り果てている。
いまどき、ずいぶんとかわいらしい二人だねぇ、と井上は観察を続けている。
がんばれ斎藤君。 そこは可愛いと言ってあげるべきところだからね。
やっと一の口が開いたが、また閉じてしまう。
「…あの?」
何か悪い事をしたかという面持ちで千鶴は小さくなっている。
一は左手で顔を覆った。
千鶴は、一が照れた時にするその仕草に、心臓をぴょこんと跳ねさせた。
「…………………似合っている」
一が絞り出した声に井上は満足して、二人に見えないように背中を向けて笑みを浮かべた。
東京に帰れば千鶴にとって最悪の事態が待ち受けるかもしれない。
斎藤君には何か腹案がありそうだ。
しかしそれが上手くいかず、千鶴が雪村と共に帰らねばならなくなったとしても、この様子なら千鶴に思い出の一つでも作ってあげてくれるだろうと思っている。
今夜は平助君も呼んで、せめて楽しい食事にしてあげようかねぇ。