◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL

□北へ走る 6
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◆◆◆◆◆◆


一の車に乗り込んだ千鶴は、かなり…相当緊張していた。
到着までに二時間ほど時間がかかる事を知った時は、本気で帰りたいと思った。


それでも長い時間の中でぽつりぽつりと会話をしていくうちに、気づく事があった。

無表情で無口、という印象だったのだが、聞けば答えるし、言葉は短いが話してくれる。
表情は…豊かとはいえないが、口元や目元は微かに動く。
それも、おおむね笑顔と言える形に動くのは発見だった。

緊張に緊張を重ねていた千鶴だったが、30分もするとすっかり居心地が良くなった。

普段なら若い男性相手は意識してしまって苦手である。
それ以上に、この、まだ知り合ったばかりの人の傍は妙に落ち着く気がする。
ここに居ても良いと感じる。

この春に母を亡くしてから自分の居場所への不安感を抱え続けていた千鶴には、久しぶりの安心感だった。



一の、ハンドルを握る手の指は長く、節がはっきりしていた。
運転に慣れた動きは同じクラスの男子より随分と大人だと感じる。
雑誌などで、男の人の手が好きだという記事の意味がわかった気がした。

助手席に座る自分は、外から見ると彼女に見えたりするのかな、と、ちょっと夢を見たくなる。
ばたばたとして着替えもせずに出てきてしまったが、もっと可愛い服に着替えてくれば良かった、と思う。
一の目に可愛く映りたいと思い始めていることに、千鶴はまだ気づいていなかった。



街中の道が昇りばかりになっていく。

街中と感じていた道が、ふと気づくと木ばかりに覆われていくのに、上り坂ではなくなっている。

そしてまた上り坂で、山の中かと思うとブロック塀…。

「…なんだか、迷わされているみたいな感じですね…」

「そうだな。 そこそこ地方も走りなれたと思っていたが、この感じは無かったな」

「どう、違うのですか?」

「観光地に向かっているとは思えん。本当にこっちで合っているのか?と思うが、ナビを見る限りでは正しいようだ」

確かに、道は太くないし、案内板も無い。
ナビも道をロストしている気配は無く順調に軌跡を刻んでいる。
目的地が目的地だけに、どこか違う世界へ迷い込んで行っているような気にもなる。

「旅行にはよく行くんですか?」

「嫌いじゃない。 が、どれくらいをよく行く、というのか…」
一の目がナビと前方の間を動く。
「俺にはよくわからん。 長い休みには大抵行くが」

「…斎藤さんは、大学生…なんですか? 東京の?」

「そうだ。 千鶴は?」

いきなり親しげに名前で呼び捨てにされて、千鶴の心臓がぱくんと跳ねる。
思わず一から目を反らし、自分の膝に目を落とした。

「高校二年です。 都下の学校ですけど」

「…井上さんも地元の人では無さそうだったな。 では、井上さんも東京の人か?」

「はい。井上さんは夏の間だけこちらに来ていて、私はそれにつれてきて貰っているんです。
こんなに遠くまで来たのに、『ここに集まる客は、変わった東京モンばかりなんだよねぇ…』、って前にぼやいてました」

井上の口調を真似た千鶴に、一の口元がわずかにほころんだ。
夏の間だけ、という話に、一はあの中途半端な構造の宿の理由が解った気がした。
宿としては商売ではなく、人が泊まれるような体裁を整えるのを第一義にしたのだろうと考えた。

「変わった東京モン、か。確かにそのようだな」
自分も、急に泊めてくれと飛び込んだ変わった東京モンだという自覚のある一は苦笑いになる。

「井上さん、伊東さん、平助くん、私、斎藤さん…。みんな東京なんですよね。ここ青森なのに」

一は頭に浮かんだある事をよく考えずに口に出して質問をする。

「………。 …平助というあの男は、前々からの知り合いなのか?」

「いえ、今年ここに来てからなので…私も2…3回くらいかな? しか、会ったことがありません」

「……その割に、平助くん、か。 俺は斎藤さん、なのに?」

一の声はうっすらと冷えているのだが、運転に意識を持って行かれている一も、
その発言の内容に焦った千鶴にも、その細やかな変化は気付かれなかった。

「あ……!井上さんの呼び方がうつっちゃってたんですね…。 どうしよう…年上の方に失礼でしたね、私…」

本気で反省しているような声に、一は困ってフォローを入れた。
「…本人は気にしていなかったようだ。そのままでいいのではないかな」

「そうでしょうか…」

「………はじめ、だ」

「…え?」

「名前」
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