◆ 斎藤×千鶴(転生パロ) +SSHL

□北へ走る 3
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ずいぶんと満足感が高い食事の終わりに「井上さん」がやや苦い顔になった。

「今ここにはもう一人客さんが居るんだけどね。
…もし顔を合わせたら、君は、できるだけ早く逃げなさいね」

「…何かあるのですか?」

「うーん…個人的な事に関わるし、断言できることじゃないから。
伊東さんは今部屋にこもているから大丈夫だと思うんだけど…。
千鶴ちゃんも、気を付けてやってね」

井上の返事はあやふやだった。

「はい。じゃ、私伊東さんの所からお皿下げてきます」
「はい、お願いね」
涼やかな声で千鶴は答えた。

穏やかな雰囲気の三人のやりとりに、一は小首をかしげる。

千鶴は、伊東という人間の部屋に皿を取りに行くのには問題が無いらしい。
しかし自分は速攻逃げた方が良いと言われる人物…。

通常なら若い娘に気をつけろと言い、自分のような男は心配されないものなのだが。
伊東とは、男ではないという事なのだろうか?

「斎藤さん、今のうちにお風呂行っといでよ」
「…はい」



促されるままに風呂に来た一だが、いろいろと納得のいかない事が出てきた。

食後すぐに風呂を勧められたのと、井上の「今のうちに」という表現が気になったのだ。

なんとなく、ここは違和感だらけの宿だと思う。

こんな人通りも観光名所も無い中途半端な場所での宿屋経営は成り立つのか?
宿屋と言えどただの民家を半端に改造したような造りなのはなぜか?
この湯船もプラスチックではなく木の浴槽で、趣を考えてつくられているようなのだが…部屋は安っぽい。

井上と千鶴の関係。
伊東というもう一人の…自分は警戒すべきだと言われた、客。

駐車場にあった高級車は伊東という人物のものだろうか。だとしたら、伊東は男だと感じるのだが。
妙齢の女性は近寄っても大丈夫で、成年男子の自分が近づいてはいけない人物…。

色気のある女性とか? しかし自分はそういう女性には興味が無い。心配される程の事でもなかろう。

やはり別の事情か。しかし思いつかない。

もやもやとした気持ちを払いたくなって、一は風呂場の電気をわざわざ消して、少し開いていた風呂場の窓を網戸ごと全開にした。

星が見える。
東京とは段違いの数の星。
光を含んだようにかすかに青い東京の夜空と違い、黒い空。

夏なので冷たく爽快とまではいかないが、ねばついた湿気と排気ガスの匂いのない空気。

大きな大きなものがあるから、、自分の存在が許される気がする。
自分は小さい。だから、ここに居ても良いのだと思える。

一は、心が落ち着いていくのがわかった。
ゆったりと湯船で手足を伸ばせば、葉擦れの音が抜けていく。

その中に、小さな音だが、パタパタと人が小走りする足音が聞こえた。
ああ、千鶴だ、と思った。

食事の時に真っ赤になって目を見開いていた顔は可愛かった。
染めていなさそうな、わずかに茶色含みの髪が揺れるのも可愛い。
細い指をしているくせに力持ちだから鞄を持つと言い出したのも可愛いかった。
少し小さいが、優しい声も可愛いと思う。

いつもいささか遠慮がちな感じがするのは何故だろうか? しかしそんな風情もかわい…。

一は自分の頭の中で連発し始めた「可愛い」に、ざばっと湯船から飛び出すと、シャワーから水を全開に出して頭から浴びた。
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