◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【番外編】
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億千万の胸騒ぎ・番外編
【文化祭には】



近藤校長は斎藤先生ににこやかに話しかけた。
「初めての女性の先生で生徒たちも期待しとります。
文化祭、何かおやりになりませんか?」
「女性だから、という理由には問題があります。失礼します」
けんもほろろの双葉の態度だった。


この件を、近藤は土方に話した。
「……言い方が悪過ぎたなぁ。機嫌を損ねてしまったよ。
セクハラだったなぁ……」
「…………」
土方は返事に困って黙った。



アレの逆鱗をつついてその程度で済んで良かったな、近藤さん。



土方は冷や汗をかくかと思った。
「ほら、昔、山南先生がバイオリンを弾いて下さっただろう?
ああいうので良いんだがなぁ……」
「……アレか」
燕尾服で華麗にキメた山南がバイオリンで弾いたのは短いメドレーだったが、
『情熱大陸』というテレビ番組のオープニングの前奏の後は、
ドラえもん、アルプスの少女ハイジ、炭坑節、というような選曲だった。
以降、保健室は生徒にとって以前より身近になったらしい。
山南は優秀な養護教諭だったので、生徒の相談を華麗に捌き、
その後は生徒の心の相談室の役割も果たすようになった。

土方は職員室に戻り、近藤の意向と過去の内容と変化を双葉に伝えてみた。
デスクに向かっていた双葉は横に立った土方を無表情に見上げてきた。
「……怪談はどうでしょうか?」



……嫌な予感しかしねぇ……。



「……何をやる気だ?」
「怪談」
「……内容は」
「山南先生と沖田君貸してくれれば、お芝居風に出来るんだけど」
土方の眉間にシワが寄った。
双葉から出てきた二つの名前は、土方には鬼門の2人だった。
「……台本次第だな」
「明日提出します」
「……分かった」
土方が離れると、双葉はノートパソコンのキーボードを
恐ろしい早さで叩き始めた。

その台本は土方と近藤の許可が出て、演じられる事になった。

沖田総司は校内では有名人だった。
整った顔に蠱惑的な瞳だけでも人気なのに、
学力優秀、剣道部では1年生ながら全国大会で成績を残している。
夏以降しばらく、校舎の窓から“剣道全国大会三位おめでとう!一年C組沖田総司君!”の
垂れ幕が下がっていたので、誰でもその名前位は知っている。
その沖田が氷の斎藤先生が出る余興にちょい役で出る、
と前もって宣伝しておいた。


**


文化祭当日。

余興として『職員室の怪談』という数分の寸劇が演じられた。



体育館の照明は落とされ、薄暗くなった。
舞台のやや端で、パイプ椅子に長い足を組んで優雅に座った山南が
スポットライトを浴びている。
語りかけるように、柔らかな口調で話し出した。
「むかぁし昔、20年ほど前の事ですが。
この学校にも女性の先生はいらっしゃいました。
笑顔の素敵な先生でした」

舞台中央にスポットライトが当たった。
長い髪のカツラを被り、まっ白いワンピースの双葉が
客席に背中を向けて立っていた。
山南の声が通る。
「しかしその先生は、美しい男子生徒の一人と
互いに想い合うようになってしまったのです」
双葉は左腕を横へと伸ばす。
もう一つスポットライトが灯り、そこには沖田が客席を向いて立っている。
小さく、キャア、という歓喜の悲鳴が客席で上がった。
沖田が双葉へと手を伸ばし、沖田と双葉は手を繋いだ。

「それは許されない恋でした。
二人は泣く泣くその恋を諦めます」
沖田へのスポットライトが消え、双葉はその場に座り込んだ。
「笑顔が素敵だったその先生の想いは、とても深く真摯なものだったので、
引き裂かれた心の傷は深いものでした」
寂しい背中に、スポットライトの色は青が加わった。

柔らかだった山南の声が妖艶な深いものに変わっていく。
「泣き暮らすようになったその先生は、絶望のあまり……」
山南のスポットライトが消えた。 双葉だけが舞台に残る。

「……呪ってやる……っ」

双葉は低い声で叫び、客席へと振り向いて客席へと手を伸ばして言った。

髪は顔に張り付き、青い顔。
要するに、映画『リング』の、貞子状態。

スっ、と、双葉へのスポットライトは消え、山南のスポットライトが復活。
「それ以降、この学園で、
女性教師が無闇に笑顔を振りまくのはタブーとされました」

ゆったりとした間を取り、真意の見えない笑顔を浮かべた山南は、
最後の一言を語った。
「この学園では、女性教師が無闇に笑うと鬼が出るようになったのです。
私の話はこれでおしまいです。ご静聴ありがとうございました」
山南が優雅に立ち上がり、騎士のように頭を下げるとスポットライトは消えた。

体育館の照明が点いて明るくなると、
客席はさわさわと、「ホントの話?」と顔を見合わせあった。



体育館の隅で近藤が苦笑いになっている。
「鬼は、トシか?」
土方は苦虫を噛み潰した。
「近藤さん……勘弁しろよ」
「……こう来るとはなぁ。笑わない理由を付けた、という所か。
山南先生の時とは対照的だなぁ」
土方は、クッと笑った。
「作り話だが、これで無愛想も目立たなくなるだろ」
「……ぅう……む……。悪い評判にはならんかね……?」
「落ち着けよ近藤さん。20年前にはこの学園は無ぇよ」
「……!」

2分ほどの舞台だった。



**********



舞台袖では双葉が山南に頭を下げていた。
「ありがとうございました。山南先生じゃないと
あの雰囲気は出ないので助かりました」
「いいえ。この程度、お安い御用です。では、行ってらっしゃい」
「はい、失礼します。沖田君、ホントに良いの?」
「僕は助かるよ。面白いし、サボれるしね」
「それならメイク変えてくる。待ってて」


**


体育館に居る者たちが入れ替わった頃。
沖田と双葉は文化祭の模擬店のあちこちに揃って顔を出した。
双葉は白いワンピースにロングストレートのウィッグのまま。
いつもはつり眉にブルー系のクールな雰囲気のメイクだが、
今は柳眉に長いつけまつ毛、淡いピンクの口紅、艶やかなグロス。
清純派で優しげな雰囲気。
その姿でニコニコと沖田に笑いかけているから怖い。
斎藤先生がおかしい、という話題に舞台の内容が繋がり、
沖田が取り憑かれたらしい、斎藤先生が取り憑かれたらしい、
という話が一部の生徒の間に流れた。



4件目の模擬店で。
「……ここで終わりにしよう」
「どーかしたの?」
「笑うの疲れた」
「酷いなぁ。僕じゃつまらないって事?」
「見られてるのが疲れる」
「それは同感かな。じゃあ人の居ない所に行こうか」
「そうしよ」
そこへ土方が仏頂面で近寄ってきた。
「……どこに行く気だ。衣装のまんまフラフラするとは聞いてねぇぞ」
「あ。鬼が出た」
沖田はクスクス笑って言った。
「誰が鬼だ」
「土方先生」
「……手の込んだ事やりやがって。もう何人かが話が本当か確認しに動いてるぞ。
山南さんも微妙な言い方で否定するもんだから信憑性が無ぇ」
「土方先生の所にも誰かが確認に来たんだ?」
「何が目的だ?」
「僕は土方先生に今の顔をさせる事ー」
土方は眉間にシワを寄せた。
「私は沖田君に幽霊話をくっつけて、沖田君の人除けの手伝い」
「なら、もう良いだろう。着替えろ」
「はーい」
「斎藤先生、着替えるの手伝おうか?」
「総司っ!」
「鬼が出たー」
沖田はレシートを双葉に渡して笑って逃げて行った。

土方は沖田の座っていた椅子にどっかり腰を下ろした。
生徒が注文を取りに来たのでアイスコーヒーを頼んだ。
双葉が無表情に戻っていたので、土方はムッとして小声で言った。
「……笑え」
「どっち? 営業用?ヒジカタスペシャル?」
双葉には、土方だけに見せる顔がある。



……あんなのをのこいつらに見せるのは勿体無ぇか。



「そのまま仏頂面してろ」
「承知」



男子生徒が斎藤先生に微笑みかけられると幽霊に取り憑かれる、
という形で噂が残り、双葉は悠々と無表情で押し通すようになった。



《おしまい》
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