◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【9】
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【億千万 57】


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「双葉。帰るぞ。荷物貸せ」
「持てる」
「貸せ」
「……うん」
険しい顔つきで土方は双葉を連れて家を出た。
帰りの電車に揺られる程に目には闘志が光りだし、
酷く剣呑な気配を周りにも振り撒いた。
その横で双葉は静かに微笑を浮かべていた。



狼だ。
いつまでも、一つの獲物に向かって
どこまでも、走って行けるイヌ科の人だ。
私とは違う、群れを率いて走っていける人だ。
その為に自分が傷付いても走る人だ。



双葉は剣呑な土方の肩に頭を乗せた。
尖った気配が愛おしい。
気に入らない事態は捩じ伏せようとする闘志が眩しい。
だからこの人に何かしたい。
この人ならば、卑屈にならず、媚びもせず、自分を使いこなしてくれると思う。
だからこの人の全てが欲しい。



なんて眩(まばゆ)い人なんだろう。



苛立つ気配が愛しくて寄り添った。
土方は小さな声で苛立ちを別のものに変えながら言った。
「……てめぇは普段甘えねぇくせに、なんで今なんだよ」
「今の歳三さんは眩しいから」
「……嫌味か」
「ううん。この後歳三さんはまた進化するから」
「……進化ってなんだよ。俺はサルか」
「ううん。変化(へんげ)するなぁ、って思うと、……」
「思うと、なんだよ」
「……言えない」
「言え」
「恥ずかしくてとても言えない」
「言えない」
「……聞きてぇんだよ」
「帰ったらね」
「……なんだ。エロい事考えてたのか」
「違うもん!」
「なら言えるだろ」
「帰ったらっ」
「ほら見ろ。エロい事じゃねぇか」
「違うもん!帰ってからしか言わないもん!」
「……」
土方はもぞりと動き、肩に頭を乗せている双葉の肩を抱いた。
「……気が強ぇなぁ、お前は」
「最初からだもん」
「……そうだったな」
「うん」
「双葉」
「うん?」
「お前、いつ、どこに惚れた?」
「……少し長くなるよ?」
「降りるまでに話せ」
「……ギリギリかなぁ」
「早く話せ」
「短気だなぁ」
双葉は静かに小声で話し始めた。

「はじめから話を聞くようになった頃は、
永倉さんや原田さんみたいな人かと思ってた」
「……」
「写真を見て、イメージと違ったと思った」
「……」
「校門で会った時、写真より綺麗な人だと思った。
赤の他人に平気で注意出来るのかと、楽しくなった」
「その割にはさっさと帰ったな」
「はじめの学校の先生だもん。どうこうする訳にいかないでしょ。
それにあそこは駐車禁止」
「……」
「クリスマスイブに声をかけてきた時、男の人だなぁと思った」
「……」
「だからこの人にしようと思った」
「……端折り過ぎだ。さっぱり分からねぇぞ?」
「はじめと私は、」
「また斎藤かよ」
「聞きたいんでしょ?」
「……」
「はじめと私は似ている所がある。
はじめの良さを見つけてくれる人なら私の良さを見つけられる。
はじめが気に入った人なら、人間として大きな疵瑕(しか)は無い。
私も好きになれる。
そして、私には男の人だと感じられた。
だからこの人にしようと思った」
「……斎藤が俺を気に入ってたからって事か?」
土方は眉間にシワを刻んだ。
「そうだけど少し違うもん。
はじめと私は人に対するスタンスが同じ。
だから私は歳三さんが人間としては好き、というのは知ってた。
いい人、が、男、だったから」
「それは惚れたって言わねぇぞ」
「順番が違うのと、途中経過が早いだけだもん」
「順番?」
「男の人と出会っていい人認定して好きになる。
いい人認定して出会って、男の人と分かる。要素は同じ」
「途中経過ってのは?」
「会ってすぐに決めただけ」
「……おい待て。……そりゃ一目惚れって言わねぇか?」
「近いけど、一目惚れにはいい人認定の要素が無い。
そんなギャンブルする気は無い」
「……お前の恋愛は頭でするのか」
「人は頭も体も同じ入れ物に入ってるんだから両方要ると思う。
いい人でもドキドキ出来ない人は居るでしょ?
それに、好きな人に印象付けて惑わして惹き付けるのは
頭使ってどの子もやるでしょう。
歳三さんだって露骨にエッチ方面で煽ってたじゃない。
あれは女の人へのメッセージでしょ。
私はそれだけじゃ嫌だったからもっと欲しいと言っていただけ。
それに」
「あ?」
「満足しないでしょう? ただのいい女じゃ。
うん、私、頑張った頑張った」
「……お前が?」
「?」
「片手で何でもひょいひょいやってるお前が……?頑張ってたのか?」



今、驚いたよね?
気付いたよね?
歳三さんを堕とす為に、どれだけ考え込んでどれほど頑張ってたかって事に。



双葉は瞳をくるりと回した。
小さく口元で笑う。
それは小さいけれど素直な笑みだった。
「あー……クソッ」
「?」



こりゃ優越感だ。満足だ。



土方は胸に湧いた思いに心の中で舌打ちをした。



そうだ。こいつは使える奴だ。
使える奴に見込まれた優越感。
そんな奴にこれほどまでに愛されている満足感。
つまり俺は今、こいつが横に居て幸せってこった。
それ以上に幸せだと思わせてやらなきゃ気が澄まねぇ。
その上こいつは、それを見越して嬉しそうに笑っていやがる。
それ程の奴が俺の隣に居たがる。
やべぇ。顔が……



「エロい事考えてる」
「お前がか?」
「顔がにやけてるよ」
「…………」



珍しく読み違えてやがる。
ラッキーだったな。
そういう事にしておこう。



「……もうすぐ駅だな」
「…………。」
土方は双葉の肩に乗せていた手で双葉の頭を引き寄せた。
髪にキスを落とす。
双葉は真っ赤になって縮こまった。
「……おい」
「うん?」
「今度斎藤にベタベタくっつきやがったら許さねぇからな」
「……」
「ここはうんって言う所だろうが」
「……嘘はつきたくない」
「ベタベタする気か」
「基準の違い。今までもベタベタしてないもん」
「俺にしろ。ったく、頭乗せてきやがって。可愛いんだよ」
「……っ、かわ……っ、なっ、……よ、よく、よく、そういう事、
サラッと言えるよねっ」
「でもお前、実は悪い気分じゃ無ぇだろ?」
「恥ずかしくて爆発しそう……」
「弟じゃ、んな事言わねぇだろ。雨あられと言ってやる」
「……勘弁して……。ホント爆発する……」



このブラコンの虎の住処を変えさせるのは大変だろうが、
もうこっちが住処だって事を解らせりゃ良い。
エサ撒いてバターになるまで走り回らせて融けさせてやる。



クッ、と喉で笑った土方を、双葉は嫌そうに見た。




―――――――――――――――――――――



虎をバターに→ちびくろサンボ



気が済む、が正しい漢字ですが、
“澄む”をあえて使用しました。
ここは誤字じゃないです。
……誤字脱字多いから、あえて注釈せねばならない、うちのサイト……。
ダメダメ番長orz
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