◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【5】
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【億千万 29】


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土方が斎藤の竹刀を借りて振っていると双葉が帰ってきた。
双葉は着替えると食事の支度を手伝いだした。
土方は、スーツの件もあるし、少し話したいと思っていたが、
手が空くのを待つことにした。
所々独創的な母親の料理だったが、誕生日らしい食事風景の中に
久しぶりに浸った。
食事は比較的早い時間に済ませたので帰ろうとした土方だったのだが。



「……困る。アテにして『リング』と『リング2』借りてきちゃった……」
「また懐かしいモン借りてきたな……」
双葉が持ってきたブルーレイを見て呆れた。
「見た事無い。見たい」
「年の差だな。俺は散々見た」
「おかーさんも見たし、はじめは見ない」
「一人で見ろ」
「…………。はじめー!渡そー!」
急に何を言い出したかと思った。
すぐに斎藤が紙袋を持ってリビングに来た。
「お誕生日おめでとうございます。姉貴と俺からです」
「……気を使わせちまってすまねぇな……」
斎藤が差し出した紙袋を受け取った。
しかし斎藤はまだ他の紙袋も手にぶら下げていた。
双葉はそれを受け取って、土方に渡した。
「で、これが私から。開けて」
言われた通り封を切っていった。
「……お泊りセットかよ……」
パジャマ、下着、明日の分の服ひと揃い。
そこそこの金額になっていると思われた。
「お礼は行動で」
双葉がブルーレイをヒラヒラさせた。
「…………」
妥協した。
「……これな。2まで見てもスッキリ終わった感じしねぇんだよなぁ……」
「え」
「ま、借りてきたんなら見るか」
「……。」


**


風呂上がりに誕生日プレゼントを早速着込んだ土方は、
今日は、映画『リング』を見せられていた。

隣には風呂上がりで髪を拭きながら膝を抱えた双葉が居る。
母親が「ラスト思い出しちゃった」と言って中座すると、
双葉は少し距離を詰めてきた。
多少怖いらしい。
時々髪を拭く手が止まり、タオルで顔を半分覆ったりしていた。

見終わった双葉は、「なかなか怖い。髪乾かしてくる」と言ったのみで、
あっさりしたものだったのだが。
すぐにダーッと走って戻ってきた。
「……来て」
「あ?」
「髪を乾かす自分が貞子に見える」
「…………」
土方は爆笑した後、双葉に付き添った。
「俺も少しは役に立ったみてぇだな」
「…………。」
「2はいつ見るんだ?」
「……明るい時」
「明日は帰るぞ」
「……今夜はヤダ」
喉で笑う土方を、双葉はうらめしそうに睨んだ。



***********



翌日。
ゴールデンウィーク最終日。

双葉に車で送られて、土方は帰った。
が、『リング2』と双葉と斎藤が、今度は土方の家に上がり込んだ。
映画を見たい双葉と、帰りたい土方、家に上がり込む対策要員斎藤である。
斎藤は土方が“書斎”と言った倉庫部屋にこもり、
さっさと勉強を始めた。
「……皆があいつくらい真面目だったら楽なんだけとなぁ……」
斎藤が去ったドアを見てボヤいた。
「真面目っていうのもあるけど、本来楽しいんだよ、勉強は」
「……さすが東大生は言う事が違うな」
これは嫌味である。
双葉は早速ブルーレイをデッキに入れながら答えた。
「間違えた、で終わるからつまんないの。
似た問題やって、出来たー!で終われば楽しい。
間違える事は悪くない」
土方は窓を開け、インスタントコーヒーをいれた。
「……頭の悪い奴は、そもそも解けないんだよ」
「答え見れば良い。解らなかったら解る人に教えてもらう。それだけでしょう」
「途中で嫌にならねぇか?」
「途中でやめるから嫌になるの。ランナーズハイまでいっちゃえば良い」
「ランナーズハイにいく前に嫌になるんだろ」
「順番かやり方が間違ってるんだよ、それは」
「順番?」
「好きなものからやる、嫌いなものからやる、
簡単なものから、難しいものから。
その人なりに必要な時間ややり方があるのに、変な事するからだよ」
「己を知らねば戦えねぇって事か?」
「勉強しろ勉強しろって言うけど、勉強の仕方を教えてないのに
出来ないと思うんだよね」
「勉強の仕方?」
「学校の勉強に限定して話すけど、
単元があって、そこで知るべき事は決まってる。よね?」
「ああ」
「その内容の教科書読んで、問題解く。
間違えたり解らなかったら答え見たり聞いたりして、出来るようになる。
学校の勉強は予習授業復習、っていうのがパターンだけど、
本来の勉強に授業は要らない。親切過ぎるからサボるんだよ。
授業って暇過ぎる」

「……授業聞かなかったクチか」
「あんなローペースに付き合ってたらやりたい事やる時間無くなる」
「叱られなかったか?」
「難しい問題質問しまくってたら黙った。
やり手の先生とは仲良かったよ」
「……やり手?」
「専門があるでしょ? ハイレベルな知識持ってる先生には、私は面白い生徒」
「だが今の教育制度ではお前のやり方は、
教える側には通用しねぇぞ?」
「私立なら出来るはず」
「…………。クラスを細分化しなくちゃならねぇ。
細分化が過ぎると教師が多く必要になって
学校経営が成り立たなくなるな」
「だから、最初に勉強の仕方を教えれば良いのに、って思う。
単元毎に目的教えて、本人に学習計画立てさせる。
あとは、つまづいた時と間違った方向に行きそうな時にフォローするだけ」
「……特進クラスなら出来なくも無ぇか」
「……。
先生の学校のレベルなら、という前提だけど。
それを特進クラスにしちゃうから特進クラスが必要になる。
教室の中でやれば、真似する生徒も出るし、やり方を直接見る事が出来る」
「……言って聞かせ、やって見せて、やらせて見せ、か……」
「山本五十六? あの人頭良さそうだよね。話してみたかった」
「山本五十六まで知ってんのか、お前は」
「褒めてやらねば人は動かぬ、でしょ?
苦労したんだろうね」
「はぁ?」
「本来なら出来たーっていう手応えで進んでいけるでしょ?
褒めてもらうのは棚ぼたの喜びだからこそ、嬉しさもひとしおだと思うんだけど」
「……そりゃあまぁ、そうだろうけどなぁ。
そう上手くいかねぇんだよなぁ……」
「当然だよ」
「あ?」
「教師一人に生徒30人位でしょ?多過ぎるもん。
教師の負担が大きくなり過ぎる。
だから歳三さんは残業大会になっちゃう。
就業時間内に全部やれって言われたら私でも無理だと思う。
ハイレベルな教師集めないと」
「クラス人数、半分位ならいけると思うか?」
「先生側の力量に合わせるのが良いと思う」
「……生徒のレベルじゃなくて教師のレベルか」
「理想論だけどね。教師にも感情があるから、妬み僻み嫉みが邪魔をするかも。
人それぞれに向き不向きや魅力の違いがあるんだから、
仕事だけを評価基準にしなくても良いのにね。
はじめなんて、優しさって基準があったら世界一なのに」
「……そりゃ、お前限定の優しさ評価だろうが」
「世界中の人間と付き合う訳じゃないんだよ?
万人に優しくなんて普通はしない。
はじめは姉への優しさ世界一。
それは人としての魅力。例えはじめが世界一成績悪くても、
その一点だけで人としての魅力も価値も意義も意味も満たす。
本人がそれに気付ければ、仕事の評価と人としての在り方を区別出来るのに。
そうしたら妬み僻み嫉みなんて要らないって解るし、
ノイローゼにもならない」
「誰も彼もそんなに心の強い奴ばかりじゃ無ぇよ」
「うん。だから理想論なんだよね。
でも理想掲げなくてどうやって良くなっていけるのかな……」

土方は双葉の考え方に興味を持った。
面白い女だとは思っていたが、こんな同僚が居たら良い、と思えてきた。
土方の学校は女生徒を増やそうとしているが
まだまだ圧倒的に男子が多い。
女の教師が居ないのも弱点の一つだ。
もし。
もし、双葉が、教師として使える奴ならば、
学歴も性別も、同僚としての思想も、
男子多数という状況下での女教師としての安全面も体術が使える点から、
申し分無いように思えた。
人材として魅力的だった。

「……お前、教育実習、母校に行くのか?」
「うん。OK貰った」
「うちでやる気は無ぇか?」
「……え?今更?!」
「話はこっちから通す。その気があるなら動いてやる。
お前の学校、何人実習に行くか知ってるか?」
「12人」
「割と多いな。それなら何とかなるだろ。どうする?」
「どうしたの? 私が教育実習行く事に文句言ってたのに」
「母校の方が良いか?」
「資格目的だからどこでも良いけど……。
学校にとっては迷惑だって言ってたよね?」

素直に、教師としての双葉の資質を見てみたいと言う気にならなかった。
「……。
期間限定、俺と同じ職場、
もれなく弟との学園生活オプション付きだ。
どうする?」
「やる。そうする」
「お前、今、どっちに魅力感じて即答した?」
「……そろそろ再生して良い?」
「この、どブラコン」
「再生、ポチ」

止まっていた画面がやっと動き出した。
しばらくすると双葉は土方の背中に張り付き、
背中越しに画面を見ていた。
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