◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【4】
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【億千万 22】



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桜の花の季節を迎える頃には噂は鎮静化し、
入学式も滞りなく終わった。
斎藤は三年生、千鶴も二年生になった。
慌ただしく四月を終え、間もなくゴールデンウィークに入る。
半分は部活、半分はフリー。
とは言え、斎藤は受験生でもあるので遊びの予定は無い。
千鶴は家族で海外旅行、だそうである。
姉も本格的に就職活動に入り、だんだん難しい顔をするようになってきた。
三年生の時にちゃっかり司法書士の資格を取ってあるので
青田買いのお声掛りもあるし、
就職出来るかどうかの心配はあまり無い。
適性テストやOG面接、説明会に行った会社からのお誘い、と、
日々無節操なジャンルの会社の間を動き回っている。
双葉は将来を絞り切れず、あれこれ手を出していた。
6月には母校に教育実習に行く予定。



リビングでスケジュール帳を睨んでいる双葉に斎藤は尋ねた。
「官僚になるのではないのか?」
「その試験はもうちょっと後だから」
「……。何になりたいのだ?」
「……何でも良いんだけど……私を上手く使ってくれる所に行きたいんだよね」
「自分がやりたい事をやらせてくれる所では無くて、か?」
「それもあるんだけどー……。
一年目から大きな仕事やらせて貰える訳じゃないから。
人で選ぶと異動があったら無意味になるし、
組織で選ぶと水が合わないし。
官僚、公務員、教師、講師……。
その辺が向いてるかなぁ……」
「教師も志望しているのか?」
「勉強は得意だから役に立てると思うんだよねー……。
人間相手だから難しい分やりがいありそうだし。
でも学校に馴染まなきゃいけないから、そうすると私立の学校でしょ。
これがまた狭き門だしね……」
「ならば一般企業への就職活動は必要無いのでは?」
「入り口は広く! どこに縁があるか分からないから」
「そういうものか?」
「この年までにやりたい事を見つけられなかった私の不徳の致す所です。
はじめ、勉強始める?」
「ああ、する」
リビングのローテーブルに勉強道具を広げで床に座った斎藤の膝を枕にして、
双葉は寝転がった。
「…………。」



相当煮詰まっているのだな。



双葉は行き詰まると自分にくっついてくる。
多少重いが邪魔にはならないので放っておいた。

たまたまリビングにやって来て
恋人のような時間を過ごす斎藤と双葉を見た母親は、
芝居がかった仕草で深いため息をついた。
「あのね、あなたたちは百パーセント血の繋がった姉弟だからね?
結婚出来ないからね?」
そう言った母親に、二人は、何を馬鹿な事を言い出している、という
全く同じ冷たい視線を無言で向けた。

寝転がったまま双葉は言った。
「そんな事知ってる」
「でもあなたたちラブラブだし」
「気持ち悪い事言わないでよ」
「おかーさんの許容範囲、同性愛までだからね。
義理ならまだしも、本当に姉弟なんだからやめてよね?」
「何言ってんの。そんなの欠片も無い」
「ちっちゃい頃から仲良かったしー」
「仲良くしろって言ったのおかーさんでしょ」
「こんな事になるなら言わなかったって。
普通、年上のお兄ちゃんとラブラブにならない?」
「勝手に変な妄想押し付けないでよ。
今どんな本を読んでるの」
「レンタルビデオ屋さんで借りた漫画。
でもこれはお兄ちゃんが妹ラブなのよねぇ……。
このお兄ちゃんの危なさに比べればあんたはマシな方だと思うけど」
「……一緒にしないでってば」
「こんな危ないラブを中学生とか高校生が簡単に読めちゃうんだから、
最近の漫画は怖いわー」
「ラブってやめてよ。キショいなぁ。
おかーさん、聞いてる?」
「はいはい。仲良きことは美しきこと哉。
禁断の姉弟愛じゃなくて、ただの異様な姉弟愛ね。分かりましたー」
「異様って何っ!もうっ」
「んモォォー。じゃあ、ブヒー」
「おかーさん……」
双葉は手で顔を半分ほど覆って黙った。
黙って聞いていた斎藤は、静かに長いため息をついて勉強に戻った。
娘と息子との会話を楽しんだので、
母親は気が済んでキッチンに戻って行った。
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