◆ くだらない話(all)

□(現代)億千万の胸騒ぎ【3】
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【億千万 15】



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大晦日。



「土方先生!」
土方が駅の待ち合わせ場所で待っていると、千鶴が現れた。
「……雪村か。よくこんな時間に出して貰えたな。
ただでさえお前のオヤジさん、元男子校ってんでピリピリしてるだろうに」
土方は驚いた顔を見せた。
千鶴が入学の折、他校と競合した。
優秀な成績だった女子の千鶴は今後の為に是非とも欲しい人材だったので、
当時土方が出向いて親子揃えて説得した経緯があった。

「はい。頑張りました!」
千鶴はガッツポーズを作った。
土方は怖い先生だが嫌な先生では無い。
そのまま千鶴は土方の横に並んだが、待ち合わせの定番の場所なので
土方は大して気にせずにいた。
千鶴が話しかける。
「先生、やっぱり目立ちますね。オーラ出てます」
「目立つ?」
「チラチラ見てる人が居たので、何かあるのかと思ったら土方先生でした」
「……普通の格好のつもりだが、変だったか?」
土方は自分の格好を見た。
ペールブラウンのパンツに、皮の中綿ジャケット。
おかしな組み合わせでは無いと思っていた。
千鶴は明るい声で笑った。
「違います。カッコイイ、って注目されてるんです。
モデルさんかと思いました」
千鶴の言葉に密かに満足した。
これが女の普通の反応だろう、と思う。
「モデルにしちゃ身長足りねぇだろ」
「そうですか?充分高いと思いますけれど。
私から見ると殆どの人が大きいので、意味が無いかもしれませんが」
「お前、何センチだ?」
「154センチです」
「なるほどな。その白いコートはチビでも目立ってて良いぞ。見つけやすい」
「迷子探してるんじゃないんですから。
先生、ひどいですー」
そんな話をしていると、改札の方で、さわ、と空気が揺れた。
揺れた空気の中心には、綺麗に背筋の伸びた
白いマフラーに紺のダッフルコートの男と、
その男と軽く腕を組んで、
黒いブーツに鮮やかな赤いコートの裾を翻して笑う女が居た。
同じ空気をまとい、絵になる二人に空気が揺れたのだった。
土方と千鶴は同時にそちらに目を奪われて、黙った。
改札を出た後も二人は周りなど目に入っていないように
微笑みあって話していた。

「斎藤さんのお姉さん……?」
二人を見たまま漏らした千鶴の驚いた声の小さな呟きに、
土方も二人を見たまま答えた。
「よく分かったな」
「なんだか、お姫様とお殿様みたいですね……」
「せめて王子様と言ってやれ。まだ若いんだ。
……分からんでもないが」
「……ですよね」
「……。おい、待て。お前が待ってたのは斎藤かっ?!」
「えっ?! はい! えっ?! 先生、ご存知無かったんですか?!」
「あいつが、惚れてる女が来ると……お前かっ!」
「えええっ…!先生、知らずに来てたんですか?!」
惚れている、と言われて千鶴は真っ赤になった。

少し大きくなった土方と千鶴の声に斎藤が気付き、隣の女に声をかけた。
隣の女は土方と千鶴へと視線を送った。
「せっんせー!」
双葉がするりと斎藤から離れて土方の元に駆け寄ってきた。
すぐ後ろから斎藤が来る。
「えっ、先生、お姉さんとお知り合いなんですか?!」
「……いちお……」
一応、と言おうとした土方の声は、
さらりと話に入ってきた双葉にかき消されてしまった。
「弟の顧問ですから! 初めまして、斎藤はじめの姉の、双葉です」
「初めまして。雪村千鶴です。
そうですね、顧問ですもんね」
「はい。雪村さん、はじめがお世話になっております。
土方先生、今日は宜しくお願いします」
双葉は二人にペコリと頭を下げた。
「……。宜しくお願いします」
土方も他人行儀に頭を下げた。
「まずは行きましょうか。どうせ並ぶから、その時にゆっくり話せますし。
先生も!」
異議が無いと見て、双葉は歩き出した。
ついでに土方の腕を取って軽く引いた。
引かれて、土方の足も前に進みだした。
自然に土方と双葉、斎藤と千鶴が並んで歩く形になった。

「こんばんは、斎藤先輩。お骨折りありがとうございました」
「無理はしなかったか?」
「はい。本当に先生が行ってくれるのかと、父は驚いていました」
「そうだな。土方先生には改めてよく礼を言う事にする」
「はい! それにしても、お姉さんお綺麗ですね」
「そうか?」
「だってほら!土方先生と並ぶと!」
千鶴は小声で言って、周りを示した。
周りの人の目が二人を追っていく。
「服装まで合わせたみたい。素敵です」
土方の黒い皮のジャケットと双葉の黒い皮のブーツが雰囲気を合わせていた。
「……そうなのか」
「斎藤先輩と並んでいた時もあんな感じだったんですよ」
「…………。」
驚いたような目で見てくる斎藤に、千鶴は笑った。
「素敵だったのでヤキモチ焼いちゃいました」
「っ……」
思わず千鶴を見た斎藤は、すぐに視線を泳がせた。
それから、少しばかりたどたどしく千鶴と手を繋いだ。
千鶴は嬉しそうに笑うと、少しだけ斎藤に近付いた。


**


この辺りでは初詣に定番の大きな寺に向かう途中で、
既に行列は出来ていた。
その最後尾に並ぶがすぐに後ろにも行列が出来ていく。
他愛ない話をして時が経つのを待った。

もっぱら双葉が土方に、土方の事について尋ねていた。
学校では何を教えているのか、剣道歴はどれくらいなのか、という
世間話程度の内容。
その様子を見て千鶴は、土方と双葉は顔見知りではあるが、
特に親しい訳ではないのだと思った。
しかし双葉が楽しそうに土方の話を聞いているので、
双葉は土方に関心を持ったのだろうと感じた。
最初は土方がぎこちなく見えたが、
話しかけていく双葉に乗せられたようで、
すぐに学校で見る姿と同じく、ポンポンと言葉を返す土方になっていっていた。



相性良いのかな。



土方と双葉を見て、千鶴は小さく笑ってそう思った。

双葉と土方がずっと話し続けているのに対し、
千鶴と斎藤はポツリポツリと静かに話をしている。
人混みに押されて、斎藤の横に居た千鶴はいつの間にか向かい合うようになり、
距離も詰まった。
千鶴と斎藤の声は互いに聞こえるだけになるまで小さくなった。
土方と双葉のように話が弾むという感じでは無いが、
千鶴は、静かにゆっくりと話すのが自分たちらしいと感じる。
斎藤を見ると同じように感じていると伝わってくる。
どうしてだろうか、と思った。
そして、気付いた。
自分も斎藤もお互いばかりを見ていて周りを見ていない。
満足しているのだ。
嬉しく思えて、口元が笑みを作る。
話さなくても楽しい、嬉しい。
そう思うと胸が温かくなって、千鶴の笑みが深まる。
冷え込む月と星の夜に、斎藤のそばに居られる幸せを感じた。
「……来られて、良かったと思う」
斎藤の口から自分と同じ想いが語られる。
「私もそう思ってました。昼間だと
こんな風に感じられなかったかもしれないなぁ、って」
「そうだな」
斎藤から返ってくる笑みと言葉に小さな笑みで黙って浸った。
こんな、とは、どんな感じなのかも伝わっていると感じる。

優しい沈黙の中、土方と双葉の話が耳に飛び込んできた。
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