◆ くだらない話(all)

□(現代)凛麗 【3】完結
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【凜麗 13】



**********



結局千鶴は斎藤とスマホを買いに行った。
機種はお千と同じものと元々話し合ってあったのだが、
あれこれと話に花が咲いたらしい。
とても可愛い顔で帰ってきたので、
お千は満足だった。

沖田の、斎藤と千鶴は良いコンビ、
僕の見立ては確かだった、と言わんばかりの
顎を上げたニヤリ笑いが気に入らなかったが。

スマホは交換し、キッズ携帯はそれぞれが買ったものを持つ。
互いの場所を調べられ、緊急用の電話も入手。
少しだけ安心が出来て、お千と千鶴は笑顔を交わした。



***********



ゴールデンウィークも過ぎ、学生生活にも
剣道部にも馴染んだ頃。

お千が、空きコマの3時間目に食堂でノートを広げていると、
土方が来た。

「豆狸。関東大会は見に来るか?」
「どうして?」
「別に。聞いただけだが?」
「千鶴ちゃんに予定を聞いて……あ、
多分見に行く……」
お千は机に突っ伏した。
「?」
「最近千鶴ちゃん、斎藤さんといい感じになってるみたいだから」
「そりゃ寂しいな」
ポン、と頭を撫でられた。
「……寂しくは、無いかなぁ。嬉しいよ。
千鶴ちゃん、最近楽しそうだし」
「そうか? そう言やぁ、総司の奴もそんな感じだな。
お前らは少し似てんな」
「お姉さんは、あんな悪魔とよく長々と
付き合ってられるね」
「悪魔ってのは総司か?
まぁ、あいつは分かり易いからな」
「お坊ちゃまだからね」
「お前も分かり易いよ、豆狸」
「……え」
「何だ?」
「…………」
お千は土方の顔を見続けた。
「私も?どこが?」
「好き嫌いがはっきりしてるじゃねぇか。
何だ?不味いのか?」
お千の顔が赤くなっていく。
「……お。どうした?可愛くなってんぞ?」
「……なにを……何を突然言い出すのよっ。
私、私、もう行くっ」
お千は首まで真っ赤にして言った。
バタバタと机を片付ける。
「おいこら、待て豆狸」
「何っ?」
「次の授業、一般教養だろ?」
「そうよっ」
「サボって付き合え」
「……どこに?」
「ホテル」

「…………………………えっ?」
「美味そうな食い放題やってんだが、
ああいうところは女ばっかりだからな。
付き合え」
「……あー。ああ、そう言う事ね……。
四年生って暇なんだね」
「真面目に単位取っとけばな。
何を焦ってんだ? ほら行くぞ」
「…………うん」
「何だ?文句あんのか?」
「…………無いっ、無い無い無いっ!」
「?」
「ち、千鶴ちゃんにメールだけ入れとくっ」
「おお。じゃ、荷物貸せ」
「……ありがと」
「何だ? 今日は素直で可愛いじゃねぇか」
「…………」
お千は答えずに、スマホの画面を見続けた。



……えっと。
何をするんだったっけ?

……あ。メール!
千鶴ちゃんにメールしなくちゃ!

どうしたんだろ、私。
今ちょっと頭真っ白になったわ……。



お千は千鶴へのメールを作った。

“土方さんとホテル行ってくるから
次の一般教養サボりまーす。
お昼は斎藤さんとどうぞー♪”

授業中にこっそりメールを見た千鶴も、
頭が真っ白になった。



***********



5月中旬。

剣道部は関東大会に出場する。


集合場所の正面入口左横で、お千と千鶴は剣道部を待っていた。

仲の良い部員の中で一番最初に来たのは斎藤だった。
斎藤の姿を見つけたお千は、千鶴の背中を軽く押した。
千鶴は照れ臭そうに笑うと、
お千の傍を離れ、斎藤に駆け寄った。
「おはようございます」
「おはよう。早いな」
斎藤は千鶴が駆け寄って来たため、
柔らかな微笑を浮かべて足を止めた。

千鶴は小袋から、リボンのかかった手拭いを取り出した。
「あのっ、糊は落としてあるので、
良かったらあの、汗ふきにでも……。
試合、頑張って下さいっ」
ほんのりと血色の良い顔を上げ、
千鶴は手拭いを差し出した。
斎藤は目を大きく開いて千鶴と手拭いを見た。
だがすぐに落ち着きを取り戻した。
「……全員分用意したのか? かなりの金額に……」
「いえっ!斎藤さんの分しか無いです、すみません!
……えっと、ここの所よくお世話になっているので……っ」
「…………。」

「あの、その模様、毘沙門亀甲(びしゃもんきっこう)と言うそうです」
「……毘沙門……。武神の模様か。
有り難く使わせて頂く」
細かく説明しなくても解ってくれた斎藤を、
千鶴は安堵と嬉しさの乗った瞳で見上げた。
斎藤は手拭いを受け取ると、その瞳を真っ直ぐ見返した。
「優勝を、礼にする」
斎藤の優勝宣言に、千鶴は心底驚いた。

こんな事を言う人だとは思っていなかった。
それに、斎藤は強いが、勝負強さは土方が1枚上手だし、
沖田とは互角の技量。
他校にも強い者は居る。
人魚姫には無かった強い力のこもった目に、
千鶴は心臓を大きく跳ねさせた。
「……楽しみにしてます」
斎藤は微かにうなづいた。

それを離れた所でニコニコと見ていたお千は、
「青春だなぁー」と、楽しそうに呟いた。
「お。あいつら、進展してんじゃねぇか」
「うわぁ!」
突然後ろから聞こえた土方の声に、
お千は本気で驚いた。
「化物見たような声出すな」
「今日も化け物じみてお綺麗です、お姉サマ」
「俺には無ぇのか? 応援グッズは」
「…………」
お千は土方を一度見上げると、
鞄からリボンをかけた手拭いを出した。
「お?あるのか?明日は嵐だな。
……って、狸模様……。お前なぁ……。
いくら豆狸っつっても……」
「狸、は、他(た)を抜く、他抜き(たぬき)。
縁起柄なのよ」
「……そうなのか」
「気に入らないならこっちをあげる」
お千は照れ隠しの仏頂面で、トンボ柄を出した。
「トンボは前にしか進まないから、勝ち虫って言って、
昔の武士には人気だったのよ。
普通のはつまらな過ぎて、私には選べなかったわ。
糊を落としたから袋からは出しちゃった」
土方はお千の赤くなった仏頂面を見て、
口角を少し上げた。
「……使わせて貰う。ありがとな。
勝つから、安心して見てろ」
そう言うと土方は少し目を細めて口角を上げ直し、
お千の頭に、ポンと手を置いた。
「……うん」
お千は何か言おうとしたが思いつかず、返事だけした。
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