◆ 蒼いびいどろ

□9.金風
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【びいどろ 68】



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新選組は不動堂村に屯所を移転した。

広大な屋敷の中でも奥まった、近藤の部屋の近くの風通しの良い部屋と、陽当たりの良い部屋、
二部屋が一人の為に確保されている。
夏の盛りを越えた頃から沖田の病状は明らかに悪化を見せており、
夏の療養のための部屋と冬の為に準備された部屋だった。
既に吐血の症状を見せていた沖田が、とうとう土方たちに病を隠し切れなくなって
養生を余儀なくされていた。

医師松本、山崎、千鶴は、近藤と土方にこってり絞られ、
こと山崎は隊士であり男であるので、沖田の病を知りながら黙っていた為
土方に思い切り殴り飛ばされた。
松本と沖田本人からのとりなしが無ければ切腹させられる所だった。
まだ暑さが残っているので、沖田は風通しの良い部屋で過ごしている。

日常の世話は千鶴と山崎が中心に行っているが、
退屈そうにしている沖田のために誰もが頻繁に部屋を訪れていた。
筆頭は千鶴の予想通り土方で、ひょいと部屋を覗いては子供の玩具を持ってきたり
判じ絵の本を持ち込んだりと、手間も金も惜しまず
沖田を布団の中に入れておこうとしていた。
千鶴も金魚を沖田の部屋に持ち込んでみた。

「……何、これ」
「え? 金魚ですけど」
「それは見れば分かるけど。これ、はじめ君が連れてきた子でしょ?」
「はい」
沖田の口から忌憚無く出てきた斎藤の名に、千鶴の胸はいくらかざわついた。
「こんなに大きくなるものなの、金魚って」
「……驚く程ですか?」
千鶴は毎日見ているので気にならなかったが、久しぶりに見る沖田には成長著しいと映った。
「もう焼いたら食べられそうだね。ふくふくとよく太ってる」
「食べちゃ駄目です……」
千鶴は苦笑いをした。
「窮屈そうでちょっと僕と似てる。君は仲間だね」
千鶴は答えに詰まったが、沖田は妙に嬉しそうだった。
窮屈仲間がいる事が楽しかったらしい。
「名前付けたの?」
「……金魚さん……」
「……。ねぇ千鶴ちゃん」
「はい……」
言われる事は分かっているので千鶴は身構えた。
「君、金魚に金魚って名前付けたの?」
「……名前を付けたと言うか……そう呼んでいただけで……」
昔斎藤が猫に“猫”と呼びかけていた記憶があるので、
特に問題に思わず千鶴はずっと“金魚さん”と呼びかけていた。
「……君がそれで良いなら良いけどね」
呆れた声で言われてしまった。
「良かったら名前を付けてあげて下さい」
「じゃあはじめ君」
再び飛び出してきた斎藤の名に、千鶴は沖田を見た。
沖田はこの金魚を連れてきたのが斎藤だったからという理由だけで
その名を口にしたように見えた。
沖田からは斎藤への拒否を感じない。
斎藤は近藤から伊東に鞍替えしたのに、と、少し不思議だった。

「……赤いのに、ですか?」
「じゃあ千鶴ちゃん」
「それは私の名前なので困ります」
「じゃあ椿ちゃん」
「それは可愛いくて良いですね」
「この子が槌になったら薩長も大人しくなるのかな」
「つち、ですか?」
「打ち出の小槌、の、つち」
「ああ! ……金魚は槌にはならないと思いますけど……」
「椿なら出来るでしょ?」
「それは木の椿ですから……」
椿の木は堅いので、槌には向いてはいる。
「猫又じゃ役に立たないけど、金魚が椿になったら役に立つね」
「化け猫じゃなくて、化け金魚……?」
千鶴の頭の中では化け猫な沖田と お化け金魚の壮絶な戦いが浮かんでしまった。



お化け金魚を食べようとする化け猫沖田さん……。



千鶴は、明日にも金魚が焼き魚にされていそうな気がしてきて、程々で連れ帰ろう、と思った。
「食べないよ」
頭の中を覗かれた気がして、千鶴は肩を跳ねさせた。
千鶴が沖田を見ると、涼しい顔で金魚を見ていた。



……やっぱり食べたいと言われる前に、食事に焼き魚を出そう……。



千鶴はそう思った。
「ゆらゆらとしてて可愛いね」
「はい」
千鶴が明るい笑顔を見せたので、沖田は満足して布団の奥へと戻っていった。




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日本書紀には
景行天皇が九州で起きた熊襲の乱を鎮めるのに、
海石榴(ツバキ)の椎を用いたという記述があるそうな。
正倉院に収められてる災いを祓う道具にも海石榴(ツバキ)が使われているという記述があるそうで、
魔除け的なプラスイメージがあるようで。
もっとも日本書紀の海石榴、が、木の椿の事なのかは不明、というオチがありますが。


首ポットンのマイナスイメージは明治からという記述を見かけたので、
ここでは沖田さんは椿にそれほど悲観的なものを見出していない、としてます。
硬くて強い、魔除け的イメージの木としての椿、です。
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