◆ 蒼いびいどろ

□7.貝寄風
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【びいどろ 52】



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伊東からの誘いに、千鶴は行かずに済んだ。
途中までは斎藤の予想通りだったのだが、いざ伊東が千鶴を引っ張りだそうとした段になって
土方は、「覚えてねぇ。酒の席での酔っ払いの戯言なんざ無効だ」と突っぱねた。
土方の力技の拒否に、斎藤と千鶴は静かに視線を合わせた。
千鶴は土方と共に、伊東たちを見送った。

門から戻りながら、土方はボソボソと言った。
「……伊東の野郎、いよいよ動き出すつもりだな。
千鶴。お前も気をつけろ。伊東さんはお前にも興味持ってるようだからな」
「私、ですか?」
「幹部に近くて特別扱いだ。俺が伊東なら、おお前に酒を飲ませるか脅すかして
新選組の弱みを探すな。尻尾を掴んで無ぇから伊東もお前に強硬な手段に出れねぇだけだろ。
何かを掴んで、証拠が欲しいだけとなったら伊東も動くぜ。油断するな」
伊東を悪い人では無いと感じ始めていた千鶴はコクリと息を飲んだ。
「……気をつけます……」
「おう。ヤバいと思ったらどんな小さな事でも
何も考えずに助けを呼べ。良いな?」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
「よし。良い返事だ」
土方は子供にするように千鶴の頭を撫でた。
千鶴が土方を見上げると、土方は気になる事があるように、門を振り返っていた。
千鶴の視線に気付くと。
「新しい着物だな。その色、お前に似合ってるぜ」
「そうですか?ありがとうございます!斎藤さんに選んで頂きました!」
「嘘つけ」
土方、即答。
「へっ?!」
「あいつにそんな甲斐性あるかよ」
全く信じていない顔で笑っていた。
「あいつだろ。三番組の。
大方、あいつとお前で選んだものの中から斎藤が決めただけだろ」
「どっ!どうして分かるんですかーっ?!」
「三番組のあの男は何かと器用だからな。
言い含めておいたから、上手くやっただろ?
斎藤の着物もちったぁ見られるようになったしな」
「凄いっ!土方さん凄いですっ!」
「ハッハッハ!もっと言って良いぞ」
「本当に凄いですーっ!」
「……お前もな。気が利くな。俺の墨買うって言い出したって?」
土方は柔らかく笑っていた。
「あ……」
「助かったからな。褒めてやる」
ぐりぐりとまた頭を撫でられ、千鶴の心は少し暖かくなった。

まさかこの日から三日も、土方の許しも無く斎藤が戻らないとは、千鶴は思ってもいなかった。



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伊東、永倉、斎藤が戻ったのは一月三日。
許可の無い外泊は隊規違反。
三人は戻るや否や、自室に寄る暇もなく土方の部屋へ連れていかれた。

「井上さん! あの、永倉さんや斎藤さんは……」
「……うん。まだね、近藤さんやトシさんと話してるよ」
「……」
「心配なのは私も同じだけれど、近藤さんが居るんだ。きっと悪いようにはならないよ」
「でも、隊規違反なんですよね? 隊規違反は幹部でも切腹って……」
「そうだねぇ。でもそれを知りながらこういう事をした伊東さんが無策とも思えないしねぇ。
私は逆に、近藤さんとトシさんが心配だよ」
「あ!……そうですね……」
「だろう? だから永倉君と斎藤君の事は心配要らないと私は思うよ?」
千鶴の一番の不安を取り去って、井上は温かな笑顔を千鶴に見せた。
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