◆ その他の話

□(幕末)その先【7】
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【その先 31】



その後日の、千鶴同行の巡察にて。

宴席は幹部たちだけで行われたので三番組は何があったか知らない。
だが斎藤の変化は如実だったので何かあったのだと期待した。
横を歩く千鶴に照れ、話しかけられては照れ、
目が合っては照れている。
とは言え斎藤の変化は如実ではあったが
表面に出る態度の変化は微細なので、
斎藤に詳しい三番組、ないし試衛館派幹部以外では気付く者は居ない。

それにしても違和感があった。
三番組は違和感の正体を探った。
その正体は、千鶴がいつもと大差無い事。
どうやら二人の間に何かあったのではなく、
斎藤個人に何かあっただけのようだ。



……片思いですか……っ。
切ない。
この堅物クソ真面目剣豪無口組長が片思いっていうのが……っ。
切ない……っ。



この恋は実らない、と思えてしまう。
相手は雪村千鶴。
他の幹部たちにも可愛がられているのは見た事があったし、
あの鬼副長でさえ気にかける女の子。
本人の気立てもよく、働き者で、よく笑って、その上カワイイ。
我らがムッツリ(※無口で無愛想)組長では勝ち目が無いと思える。

巡察から戻り稽古を終えて食事を待つ三番組は、
隊士部屋で額を寄せ集めた。
「……何か出来る事は無いだろうか」
「何をだ」
「それを話し合おうと言っている」
「そうか。何かあるか?」
「…………」
「…………」
「雪村君の、組長への評価を上げるのだろう?」
「どこの評価だ?」
「…………」
「…………」
「……ナニの評価?」
ドカ!バキ!ゴン!ドカ!
人を殴る低い音がした。
「組長の良さって何だ?」
「強い」
「うんうん」
「…………」
「……酒に強い」
「……うんうん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………誰かもっと言え」
「そういうお前が言え」
「お前もだ」
膠着した様子に、園田一は口を挟んだ。
「……難しく考えず、して貰って嬉しかった事を思い出せば良いのではないのかな?」
「そうか! オレは話を最後まで聞いてくれた時は嬉しかったぞ!」
「オレは怪我した時、完治するまで気にかけてくれていたのが嬉しかったぞ!」
「オレは、話しかけにくかった時に
組長から声をかけてくれたのが嬉しかったぞ!」
「つまりは、人を受け容れる度量があり、
気遣いと配慮があるという事だな」
園田一がまとめた。
「そうだ。そういう事だ!」
「あ、普段笑わぬ故、笑うと楽しいぞ」
「ああ。普段真面目な故、真面目過ぎて面白い事になるのも楽しいぞ」
「頑張っている所をよく見てくれている」
「それもあるな。それから副長にも信頼されている」
「嫌な仕事も文句言わず遂行する」
「公平だ」
「そうだな。公平だ。鬼稽古はソノが多く、無駄口を叩かぬオレたちには少ない」
「…………それはご勘弁…………」
「稽古と言えば、昔は苦しいとばかり思っていたが、
組長ご自身の時間を割いて我々に稽古をつけているのだ。
これは感謝すべき事では無いのか?」
「オレ、道場の時より強くなった」
「オレもだ。……道場に通った時期の方が長いのに?」
「……指導が上手いのか?」
「……」
「……」

黙り込んだ三番組へ園田一が言った。
「要所を押さえて繰り返しそれをやらせるから辛い稽古に感じるが、
出来るようになれば確実に強くなるんだよ。
つまり、笑顔が良くて組長なりの面白味もあり、
仕事も出来て上役からの評価も高い有望株、
自分の事より他人を優先させる器の大きな人だ、という事だな」
「そういう事だな!」
「……良い男じゃないか……!」
自分たちの組長の魅力を再認識し、
三番組はウンウンと満足げにうなづきあった。
話し合いの輪から少し出た辺りで園田一は壁にもたれて座っている。
所々で口を挟みながら、満足げな三番組を楽しそうに見ていた。
頃合だと見て、園田一は言った。
「だから、放っておいても雪村君なら組長の良さに気付いてくれるのではないかなぁ」
「そんな悠長な事を。男前は組長だけではないんだぞ?」
「そうだ。原田組長は組下にも好かれている上に男前だ」
「ガサツだが永倉組長も組下に好かれている」
「藤堂組長もだ」
「大丈夫だよ」
「随分言い切るな、ソノダ?」

「組長は良い男だが付き合い易い男では無いからね。
なのに雪村君は平気で組長に話しかけるし、そばに居る。
雪村君は組長の良さを知っているのだろうな」
「……我々より早く組長の良さに気付いていた、のだな……」
「そう言う事だ」
「……我々はどうしたら良いのだ、ソノ?」
「馬に蹴られて死ななきゃそれで良いだろ」
「……そうか?」
「ああ、そう思うよ。あとは、」
三番組はゴクリと息を呑んで園田一を見た。
「今まで通り、副長の指示通り、遠くから守れば良い。
雪村君はそんな三番組が好きだよ」
「……そうなのか?」
「我々三番組もか?」
「本当か?」
「たまに笑って話に入ってくれるではないか。
他の組では組長以外と話している所は見た事が無い。
誰か見た奴は居るか?」
「……」
「……」
「……」
「……見た事が無いな」
「雪村君に関しては鬼副長からお構い無用のお達しが出てるんだぞ?
そんな事は雪村君とて自覚して控えてるんだ。
三番組が一番仲が良いよ。
副長とてお気づきだ。
だから前の出陣の時も副長は組長に雪村君を任せた。
そういう事なんじゃないのかな?
つまりは、今までの我々のやり方が一番正解だったんだよ。今まで通りが良いよ」
園田一の弁に乗せられた三番組は、
ムッツリ(※無口で無愛想。×スケベ)組長の恋を、生温く……生暖かく……
暖かく遠くから見守る事にした。



余計な事して拗ねたら組長は雪村君への態度も変えそうだからね。
それじゃ煽りを食う雪村君が気の毒だ。
組長の腕なら早々に死ぬなんて事態にはならんだろ。
二人とも若いんだ。時間はあるだろ。



和気藹々(あいあい)として話す三番組を、
園田一は壁にもたれて笑って眺めていた。
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