◆ その他の話

□(幕末)その先【2】
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【その先 6】



斎藤と千鶴と園田一は、千鶴の知人の登場で別行動となった三番組と合流した。
園田一の前では何も話し合われていないのに
斎藤と三番組は何事も無く合流したのを見て園田一は、
よく訓練されている、という事と、
千鶴が三番組に同行するのはよくある事なのだと知った。



巡察から屯所に戻り、草鞋を脱いでいる園田一に斎藤は声をかけた。
「園田一君。道場へ」
「………………………………承知」
「文句がありそうだな」
「ありますが、予想はしてたので参ります」
そう言うと園田一は上げた顔を戻し、止めた手を動かして草鞋を脱いだ。
「…………。」
斎藤は、自分に向かって“文句がある”と言う者が居るとは思っていなかった。
三番組は誰もが、顔を強ばらせて、はい、としか言わない。



……少しは休みたい、か。



「……組長?」
「四半刻後に道場で」
「ああ、はい、助かります。承知しました」
園田一は軽く笑って答えた。
「……疲れているのか」
三番組に来て日も浅い。気が張っているのかと思った。
しかし園田一はケロリと言った。
「仕事で疲れなかったらそりゃ駄目でしょう。
今は水が飲みたかったので時間貰えるのはありがたいです」



……水を飲むのも我慢して道場に向かう気だったのか?
この男の方が俺より真面目なのではないか?



「すみません、それじゃお先に」
斎藤は小さくうなづいて、自分も草履と足袋を脱いだ。
千鶴を部屋に送り届け、土方に報告をして道場に行った。


**


それほど真面目でも無いのか。



園田一は先に道場に来ていたが、稽古はせず、
左手一本で竹刀をくるくると振り回しているだけだった。
「園田一君」
「ああ、すみません、宜しくお願いいたします」
「木刀で」
「…………………………はい」
「文句があるなら言え」
「いえ。予想通りだったので、こりゃ大変だと思っただけです」
園田一は飄々と木刀を帯に差し込んだ。



予想していたのか。



斎藤は抜き打ちの稽古をさせるつもりだった。
「三番組は急襲が多い。慣れてもらう」
「はい」
「……五番組はどうだったのだ?」
「死番じゃ無けりゃ、刀を抜く暇位はありました」
「そうか」
「そうです」
大変そうだと言いながら呑気に肩を回してほぐしている園田一が気に入らず、
斎藤は手にしていた竹刀を軽く突き出した。
「っと」
園田一は意外と身軽によけた。
下がった時には手はちゃんと柄部分に触れていた。



……警戒はしていたのか。
つまりは、表面上は人を食ったような態度だが、
内実は真面目で油断も少ない男、という事か?
目端も効くし腕も悪くは無い。
見通しを立てて行動する点は評価に値する。
俺に対し文句も言えるし何故か好意的。
……手下として悪くない男だったのか?
欠点と言えば。
諦めの良さか。



「抜き打ちの稽古と知っていて何故抜かぬ」
斎藤は園田一の腰骨をゴツンと突いた。
「い……っ!」
派手に飛び上がって痛がった。
慌てて木刀を腰から抜いているから、
刀を抜きたがらない男なのかもしれない、と斎藤は考えてみた。
すぐ抜く者も困るが抜きたがらないのも困る。
斎藤は頭の中で次の三番組の稽古の内容を練りながら園田一を突つき回した。



しばらくして。
帯から木刀を引き出す時に取り落とした園田一を見て
斎藤は我に帰り、やり過ぎた、と気付いた。
「終わりだ。よく冷やしておけ」
そう言って園田一に背中を向けた。
「はあ」
横目で、園田一が身を投げ出すように座り込み
壁にもたれて肩を上下させ休むのを見た。
かなりやり過ぎた、また嫌われるな、と思った。



斎藤は勝手場に回った。
ウロウロと食材を見て、生姜を手にした。
それから鍋のフタを開け、水の中で優雅に泳ぐ豆腐をじっと見つめた。
フタを閉め、またウロウロと食材を探した。
そして豆腐の入っている鍋のフタを開け、
深い溜息をつくと豆腐を幾らか切り取りザルにあげて水を抜いた。
豆腐をじっと見つめる。
そのあと生姜を幾らかすりおろし、うどん粉を出してきた。
豆腐を見つめる。
深い溜息をつくと、斎藤は手拭いを懐から出してその豆腐を
手拭いで包んだ。
更に水気を切る。
それから豆腐と生姜とうどん粉を混ぜて適当な硬さにすると、
また手拭いで包んだ。
出来上がったものを見て溜息をつき、それから片付けを始めた。
片付け終わると手拭いに包んだものを持って、
三番組の寝起きする部屋へ向かった。
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