◆ ケシパールの君

□【8】ケシパール
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【ケシパールの君 50】



翌日、落ち着いた様子の斎藤を見て安堵した土方だったが、軽いため息も出た。
斎藤が千鶴を強く想っているらしいのは前々からだが、
それが裏目に出る時もあるだろうというのは見ていて解る。
今回は千鶴が上手く“毒抜き”をしたらしい。
だが、人間、毎度上手くやれるとは限らない。
二人がぶつかれば店の空気も変わるだろう。
客は、雰囲気というものを意外なほど察知する。
まだまだ人出の多いこの時期に、緊張感を与える店と
感じとられるのはありがたくない。
千鶴に疲れが見えるので、その日は早晩来るだろうと予測して腹を括った。
その頃にはオープンの華やぎも一段落ついているだろうから、
手分けして休みを取らせて問題解決させようと考えていた。
土方が見る限り千鶴は“経験型”。
飛び抜けた能力がある訳では無いが、
経験を上手く積み重ねてきたタイプだと見ていた。
時間さえ与えれば千鶴は斎藤との関係のバランスを取り戻せると思う。



だが1週間経っても昼食を取れるようになっただけで
忙しさが大して変わらない。
これは売上としては美味しいが、疲れという点では読み違えだった。
半月を過ぎた時、店の中で斎藤と千鶴が
ぎくしゃくと距離を取るようになった。



来たな。



自分の出番らしい、と土方が思っていると。
「はじめ君。こっち手伝って」
「はじめ君。これ、どうだった?」
「あ。やっちゃった。はじめ君、手伝ってよ」
急に沖田の声が聞こえるようになった。



あいつ、斎藤の気を削いでいるのか?



立ち位置まで計算しているのか、斎藤の視界に千鶴が入らない事が増えた。
斎藤の意識が仕事へと向き直っていく。
千鶴を見れば、忙中の閑を見つけた原田が横に立って話し込んでいた。
仕事の話をしている顔では無かったから、
悩みを引き出しているのだと見て取った。



……とんでもねぇ人材の揃った店だな。



彼らがそう動くのなら、自分の役割は売上を牽引する事だ。
土方が店の売上頭だったから彼らがそう動いたのかもしれない。
その話は後で聞けば良い。
とにかく今は、売上を上げて本部の評価を上げさせる。
それがゆくゆくは彼らの立場を押し上げる。
余計な気を回すのを止めて、土方は遺憾無く手腕を発揮した。



数日経って、千鶴と斎藤の関係は落ち着いた様子になった。
土方は帰り道に、何が起きていたかを原田に尋ねた。
「怒るなよ?っつーか、呆れるなよ?」
「……そんなバカみてぇな事か?」
「バカもバカ、全く、聞く身にもなってくれって話だぜ」
「なんだ?」
「……あまりに疲れ切るとさ、男ってのはヤリたくなるだろ?」
「…………はぁ?何を言い出してんだ?」
「種を残したい男の本能だから仕方無ぇんだろうけどよ。
けど、女の方は疲れると嫌がる」
「…………」
「女にとっては強引に来られた気になって、
私は道具じゃ無いのよー!っていう、アレだ」
「……バカらしい……。まぁ、やらかしがちな事ではあるけどよ……。
斎藤って歳幾つだったか? 何でそこまでサカってんだよ……」
「次の日もまた!って店長が怒って、男が落ち込んで、アレだ」
「次の日ィ?!元気だな……。で、大丈夫なのか?」
「一通り、男についての説明はしたからな」
「店長が仕事中に妙に神妙な顔で聞いていやがったのは
そんな話かよ……」
「多少神妙な顔にもなるだろうな。
素直に落ち込んだ斎藤見て、愛想尽かされて
逃げられるんじゃねぇかと思ってたみたいだからな」
「それだけで逃げるタマなら最初から譲らねぇってんだよな。犬も喰わねぇ」
「だな」
振られ男二人で笑う。

「斎藤の方は?」
「そりゃ店長が上手くやっただろ。
こういう時は姉さん女房は使えるな。
……沖田が斎藤捕まえていたから話が出来た」
「……あれは、沖田の計算か?」
「どうだろうな。だとしたら怖い奴だぜ?どう思う?」
「……怖い奴、だろうな」
「だな。面白い奴らが集まったもんだな。
この会社でこんな面白い経験するとは思わなかったぜ」
「そうだな」

原田はふと思い出したように笑って言い出した。
「……ああ、土方さん。斎藤、あのセリフ言ったらしいぜ?」
「あのセリフ?」
「“すぐ終わる”」
土方は大笑いを始めた。
「そりゃ間違いなく怒らせるな!
そんな事までよく聞き出したな!」
「店長、口、堅い堅い。水向けて引っ掛けてカマかけて、
一般的な話、聞いた話、と煙にまいて、
断片的な話から更にカマかけて。大変だったぜ」
「だけどよ、それ、俺も学生の頃言った」
「あんたがか?」
「やらなかったか? 俺は大真面目に言ったぜ」
「俺はその話聞いてたからなぁ」
「そりゃ良かったな。目覚まし時計投げつけられたぜ」
「文句は言えねぇな」
「ああ、今思うと仕方無えな。
すぐ終わるってのはそいつとヤルのが気持ち良いって事で、
男にすりゃ精一杯の配慮で、褒め言葉なのにな」
「だな」
「飯食ってくか」
「乗った」



**



実家に結婚の報告の電話をかけた斎藤は、母親から予想外の返事を聞いた。
「あ、そう」
ここまでは予想通り。
しかし珍しく会話が続いた。

「……あんた、その人に嫌われないでね」
「……は?」
「3人も産んだのよ!一人くらいは上手くいって頂戴!
うちにはうるさい小姑も頭の悪い孫も居るから気をつけなさいね。
関わらせちゃダメよ!」
「…………。」
「どんな人? 我慢強い? 寛容? あんたを相手にしてくれるなら
相当大らかな人なんでしょうね?」
母親の気になる所はそこらしい。
「…………。」
「奥さんの機嫌しっかり取って、何でも、はい、はい、って言って、やるのよ!」
「…………。」
「こっちの事は良いから、相手の親御さんを大事にして。
あんた、婿に入れて貰えば?マスオさんよ!」
ここまで言われるとは思っていなかった。

「……むこ……? …両親共に居ない」
「そうなの? それはそれでありがたいわー。気を使わずに済むわね」
「…………。年上だ」
「そうなの? 金の草鞋を履いてでも探せって言うものね。
野球の、落合選手や野村監督の奥さんも年上だったわね。
よくやったわ!逃がしちゃダ」
「…………。今月入籍する」
「逃げられないうちに早くね!ああでも籍入れたからって
逃げられない訳じゃないけど。
奥さんの嫌がることはしちゃダメよ!」
「…………。」
電話は一方的に切れた。
斎藤は、思い当たる事を1つ反省し、
意外とまともな所もある親だったのかと少し認識を改めた。
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