◆ ケシパールの君

□【4】黒いサファイア
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【ケシパールの君 22】


10月最後の土曜日。


「では、展示会に来て頂けるのが、土方さんが5名、沖田さんが3名、
斎藤さんが1名、原田さんが4名で、藤堂さんが1名、ですね。
私が3、なので……17?
……ありがとうございます!」
千鶴はブンと頭を下げた。顔を上げた千鶴は、
多少ホッとした、という表情だった。
「去年の倍近いですー!」
土方と原田は顔を見合わせた。
「倍?」
「展示会に来て頂いた人数との比較ですけど。
これから数が減ると思いますので、
確約目指してもうひと踏ん張りお願いします!」
「……店長。減る、って……」
原田が驚きを隠し切れない声を漏らした。
千鶴は困ったような、寂しいような、そんな笑顔を原田に向けた。
その千鶴の顔に、原田は口を引き結んだ。
「ご都合が悪くなったり、めんどくさくなったり……。
皆さん割と冷たいですよね。
……あれ? もしかして、今までは減らなかったですか?!」
「そうそうは減らねぇよ……」
「こっから更に減ったらどうなるんだよ……」
土方と原田は顔を見合わせた。

「ねぇ店長。この店の客じゃなくても、知り合い呼んで良いよね?」
沖田が言い出した。
「もちろんです。遊びに来て頂いて下さい。
来て頂けそうですか?」
「分かんない」
「楽しんで頂けたら嬉しいですね!
順番待ちがありますけど、
ネイリストさんやスタイリストさんのアドバイスコーナーなんかも
使って貰えたら良いんだけど……」
土方と原田はまた顔を見合わせた。
来るかどうか分からない客、しかも知り合いなど、
手がかかるだけで買わないのが普通。
数のうちに入れない、店長もあまり歓迎しない。
もっと話を詰めろと言われるのがオチなので、社員も普通は言わない。
しかし沖田は言い放ち、千鶴はニコニコと沖田に笑いかけた。
「お客様のフォローは頑張りますので、
お知り合いには楽しんで貰って下さいね!
たくさん試して貰って下さいね!」


逆だろう!


土方も原田もそう思ったが、黙っていた。
やっと捕まえた数人が更に減るとなると他人など構っていられない。
気が重くなるのは避けられなかった。




翌日の日曜日。

伊東地区長が店に顔を出した。
「今月はまた酷いわね。展示会で挽回出来るんでしょうね?」
「……頑張ります……」
「展示会の招待客予定の報告見たけど。なぁに?この数字。
他の店の半分よ?」
「まだ3ヶ月ちょっとで顧客も少ないのに頑張ってくれて、
やっとの数なんです。
去年よりは多いので……」
「当たり前でしょ! 全員社員なんだし、そんな店、ここだけなんだから」
「すみません……」
「せっかく綺麗な子たち集めたのに、宝の持ち腐れじゃないの」

離れた所で聞いていた土方は、
この店は貧乏商圏で、ここに店を置いている事がおかしい、
と現状を主張したいのだが。
数字を出してこその発言力、
今は自分の数字も酷いので口を出せない。
自分の数字が酷い事が証拠だと言いたいが、
伊東地区長の人柄を考えるとこの理論は全く通用しないので黙っていた。

「それに、なぁに? この目標数字。低すぎない?」
「去年を参考にするとそれ位が目一杯です」
「去年は去年でしょ」
「……すみません。でも本当に、手紙や電話や声かけ、
粘り強くやってたんです……」
それから千鶴はすみませんと言い続け、
伊東地区長が引き上げるのをひたすら待った。
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