◆ 突発企画 2015

□(明治) 天霧の憂鬱【下】
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【憂鬱 7】



「……後で、箪笥の中のお着物、大きさをみておいて下さい」
記憶を頼りに作っていたから自信が無い。



だって。
お亡くなりになったのだと思っていたんだもの。



風間に保護された後、時間を持て余した。
その時間に、想いを閉じ込める為に縫っていた長着。



いつも黒を着ていらしたから、こんな色も似合うのではないか、
あんな色が良いのではないかと思ってしまって。
贅沢な事に、沢山作ってしまった。



作っては箪笥の中に閉じ込めてきた。
「斎藤さん?」
立ち上がった斎藤を千鶴は見上げた。
「着てみた方が良いのだろう?」
“良かったら”“時間があったら”というのは千鶴の口から
よく出ていた言葉だ。
忙しかったあの頃はその言葉に甘える事の方が多かった。
時間のある今は千鶴の都合を優先してやりたい。
すると千鶴は、泣き出すのではないかと思える瞳で笑顔を向けてきた。



何故、そんな顔で笑う。



困ったような、戸惑ったような、泣き出しそうな。
それでいて、千鶴は笑う。



これは違う。
あの頃のように、屈託無く笑って欲しい。



斎藤は部屋へ向かいながらそう思っていた。



**********



「……良かった。記憶頼みだったけど
それほど違わなかったみたい」
安心したように漏らした千鶴の言葉に、
斎藤は動揺する。



……何と違わなかった?
まさか、俺の体に合わせて作っていた?
……夏物、冬物。
こんなに多くを短期間で作れる訳が無い。
いつから作っていた?



再会してからの短い時間の中で知り得た事を集めると、
自分に酷く都合の良い答えが出てきてしまう。
千鶴は、離れてからもずっと自分の事を気にかけていたのではないか、と。



心配のあまり食が細くなった事。
この着物。
そして昨夜の事。
……だがそんなはずはあるまい。
千鶴に恋われていた、などとは信じ難い。
千鶴は気持ちが顔に出る。
恋心など見えなかった。



見える訳が無い。
斎藤は当時、自分の心を隠すためにまともに千鶴の顔を
見ていなかったのだから。

他の者達には、若い娘が斎藤と仲良く接している時点で異常事態。
千鶴の気持ちが信頼なのか恋なのかなどの話のかなり手前で、
千鶴は変わっている、という見方で止まっていた。

そして今の千鶴は罪悪感でいっぱい。
恋しい気持ちは申し訳無い気持ちになる。
罪悪感は笑顔を曇らせていた。

「着て頂けるとは思ってもいませんでした」
千鶴の顔は嬉しそうにニコリと笑っていた。
「それなのに何故作っていた?」
「えっ。……あ!」
自分の失言に気付いて千鶴は手で口を覆った。
「と、特に意味はありませんっ」
「天霧が言っていた、俺なら解決出来る問題と関係があるか?」
「……っ!」
顔をそらしてしまった千鶴を見て、話す気が無いのを感じる。

「出てくる」
肩を揺らした千鶴に、斎藤は天霧を問い詰めようと思った。
「そのお体でどちらへ?!」
この里を出ていくのかと思った千鶴は驚いて声をあげた。
「天霧に尋ねたい事がある」
斎藤の返事に千鶴は肩を落として安心を見せた。
風間とではまた舌戦が始まりそうだが、天霧なら大丈夫な気がする。
「お気をつけて」
それを聞き届けて、斎藤は踵を返して家を出て行った。



……昨夜の事について、聞けなかった、言えなかった。
ゴミ虫……。



自己嫌悪に苛まれつつ、屋敷へと向かった。



***********



風間の屋敷を訪ね、天霧への取り次ぎを頼んだ。
天霧はすぐに現れた。
「どうしました、斎藤」
「雪村の問題を聞きたい」
「……言いませんでしたか。わかりました。
風間が在宅です。外で話しましょう」
天霧は斎藤を連れて、里の案内がてら歩き出した。
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