◆ 突発企画 2014 (上半期)

□(幕末)君の尻尾【2】
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【君の尻尾 7】




「え」
言葉は聞き取れたが、意外過ぎた内容に、千鶴は思わず聞き返してしまった。
「……いや、何でもない」
「や、ります! やります!」
千鶴の目の前の斎藤は、いくらか顔を赤らめて戸惑っているようだった。
千鶴は斎藤の気が変わらぬうちに、と急いで袂からたすきを出し袖を始末した。
「頑張ります!」
千鶴は斎藤について、湯槽のある部屋へと踏み込んだ。



***********



江戸に居た頃、父のもとに来た患者の入浴を1度だけ手伝った。
その時に一緒だった父の手伝いをしていた人の動きや言われた注意を思い出しながら、千鶴は丁寧に手早く洗い流していく。
斎藤は目を閉じ、千鶴にされるままに大人しくしている。



原田さんもさっき気持ち良さそうだったけど、
男の人って頭触られるの好きなのかな?
……斎藤さん、なんだか気持ち良さそうな顔。



目を閉じている斎藤の顔を見ながら、嬉しくなって知らず知らずに千鶴の顔はほころんだ。

ごわついた感じのあった髪がするりとしなやかになったのを確認して、
千鶴は洗髪を終えた。
懐から手拭いを取り出すと、やっとほんの少し役に立てた気がした。
大まかに水気を取り髪を上げ、手拭いで頭を覆って斎藤に声をかける。
「終わりました。出たら、もう一度櫛を入れて拭き直しますね」
千鶴の声は浮き立っていた。

斎藤は手拭いの中に髪を纏められた頭を気にしながら千鶴にうなづいた。
何か気恥ずかしいのか、普段は真っ直ぐに目を見てくる斎藤の視線が、妙に落ち着きが無い。
斎藤の新しい一面を知ることが出来た気がして、それも嬉しかった。



千鶴は、斎藤に着替えて貰うために湯屋の建物の外で斎藤を待った。
出てきた斎藤は、すぐ外で千鶴が待っていると思っていなかったようで、
千鶴を見て僅かに目を見開いた。

「……ほどけてしまったのだ」
千鶴は何の事かと思った。
が、叱られた子供のような様子で手に持った手拭いを見ている斎藤に、
やっと頭に巻いた手拭いの事だと判った。

千鶴は2枚目の手拭いを懐から出した。
斎藤の肩に掛け、着物が濡れないようにする。
普段は面倒を見て貰うばかりの斎藤に世話を焼くことが出来るのが楽しくて仕方ない。
千鶴の顔はニコニコと弛みきっていた。
「冷えるといけないので、髪はお部屋で拭きましょうか」
ニコリと斎藤に笑いかけながら、千鶴は斎藤の前を、今にも踊り出しそうな足取りで歩き出した。



一体何が楽しいのか。
世話をかけたのに、何故あんたがそんなに喜んでいるのかわからぬ。



斎藤は幸せそうに笑う千鶴を、苦笑いと、柔らかな目で、見た。
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