◆ 突発企画 2014 (上半期)

□(幕末)天霧
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【天霧 1】




御陵衛士になった斎藤は、夜、一人フラフラと出歩く。
土方と連絡を取りやすくしておく為でもあり、
御陵衛士の連中と反りが合わない為でもあった。

初秋のこの夜も斎藤は、晩飯と晩酌を求めて島原をフラフラしていた。



「斎藤。斎藤ではありませんか」
重厚なその声に斎藤は身構えた。
振り向けば予想通り、天霧だった。
「一人なのですか?」
斎藤の強い警戒とは裏腹に、天霧には敵意がまるで無かった。
「ここで何をしている」
天霧は穏やかな笑みを浮かべた。
「月を愛でに、という程の素養は持ち合わせていませんが、
今夜は月が綺麗に見えたので、月見酒を少々」

斎藤は目を細めた。
少々、と言う割には、月明かりでも顔が赤らんでいるのがわかる。

「丁度良い。飲みませんか」
「……は?」
「そこの屋台からは月がよく見えるのです」
そう言うと天霧は斎藤に近寄ってきた。
斎藤は刀に手をかけたが、天霧はそれをチラリと見ただけで、無防備に斎藤に背を向けた。
「今日は気分が良いのです。今夜は私が奢りましょう。こちらです」
逡巡した斎藤だったが、天霧の意図を探るため、大人しくついていった。



天霧が促した屋台は、なるほど、月が眺められる場所にあった。
長い暖簾は、防寒や塵避けなのかもしれないが、誰が居るのか解りにくくなっている。
天霧はその屋台の暖簾をかき分けた。
「なんだい、旦那。また来たのかい」
「知人に会ったのです。
店主。良い酒を用意しては貰えないでしょうか」
そう言って天霧は何かを店主に渡した。
恐らく金子だろう。
店主は手の中を見た後、
「酒屋のオヤジを叩き起こさなきゃなんねぇよ」
と、ぼやいた。
「お連れさん、この人、だいぶ飲んでんだけど、大丈夫かい?」
天霧がどれだけ飲めるのかなど知る訳が無い。
だが酔い潰れたところで斎藤は全く困らない。
「捨て置け」
短い斎藤の返事に店主は肩をすくめた後、
湯呑みを2つと酒の入っているらしい甕(かめ)を置いて、店を離れて行った。

天霧からは警戒心も漂ってこない。
どうやら本当に、ただ飲むために斎藤を誘ったらしい。
店主の置いていった湯呑み2つに、手ずから酒を注いでいる。
天霧の座った長椅子に斎藤も腰を下ろした。
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