◆ 突発企画 2014 (上半期)

□(幕末)春の月
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【春の月 1】2014



千鶴が新選組の一室で暮らし始めて三月ほど経った。
真冬の寒さは無くなったものの、夜などはまだ冷え込み、綿入れが必要な季節。
半月と満月の間の半端な形の月がぼんやりと出ていた。


斎藤はその日、多少呑みすぎたらしく、厠へ行く為に夜中起き出した。
その帰りに障子の開く音が聞こえた。
音のした方には雪村千鶴の部屋がある。
斎藤は気配を消して様子を伺った。


障子を開けたのはやはり雪村で、部屋の中に居る姿が見えた。
「…………父様。ここの人たちは、私が思っていたのと少し違うかも知れない。
意外と気を使ってくれるよ。
平助君っていう人は、よくお団子くれるし」
「あと、ね。お腹痛かった時に、ずっと側に居て、心配してくれたりした人とか」
「懐炉も借りたよ」
「……いつも怖い顔なのに、大事な紙をくれた人も」
「だから、父様、ここにまた来ても大丈夫だよ。
私も探すけど……来ても大丈夫だよ」



寝間着姿で羽織にくるまり、一人で膝を抱えて半端な月に語り掛けていた。
独りで暮らしていると、独り言は多くなる。

連絡が途絶えて一月経ってから江戸を出たと言っていたから、
独り暮らしはもっと長い期間だった筈である。
その上この男に囲まれ男装を強いた軟禁状態では、気が張るばかりであろう。
他愛ない話をする相手も居ない。

それでも、この新選組の面々を相手に父を探しに行かせろだの手伝いをさせろだのと言い出すのだから、肝の座った者なのだろう。
その度胸は買いたい所だ。
働こうとする姿勢にも好感が持てた。

半端な形の月にしか話しかけられない雪村の方へと、斎藤は一歩を踏み出した。

後々、斎藤はこの日の事を思い出す。
羅刹の逃げた日に出くわしたのが運命なら、この日に始まったのは千鶴との縁だと思う。
恐らく、千鶴の背負った孤独に、自ら繋いだ縁。



斎藤が来たのに気づくと、雪村は緊張と安堵を同時に漲らせるという難しい気配を漂わせた。

「斎藤さん…。あ、私、逃げようと思ったのではありません!
外を見たかっただけで…!」
「知っている」

斎藤の抑揚の少ない声は、何を考えているのかわからない。
ならば何しに来たのだろう、と千鶴は首をいくらか傾けた。
障子にもたれて近くに座り込んでしまった斎藤に、千鶴は戸惑った。
筋を通す話の通じる人、素っ気ない態度の割には気遣いの人だと思うが、
平助のように親しみやすい人では無い。
黙って傍に座られてしまうと、どうしたら良いかわからない。

沈黙が気詰まりで、何かを話そうかと思ったが話題が見当たらない。

千鶴はちらりと斎藤を見やった。
いつもは黒い長着だが、今は白い寝間着なのか襦袢なのかを着ているだけなので、
何となく印象が違った。
白い方が、斎藤の人柄に近い気がする。
月明かりにぼんやり見える横顔は、土方や沖田たちのような派手さは無いが、整っている。
前髪が長いので気づかなかったが、たっぷりとした長い睫毛だった。
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