◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□ひめごと
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【ひめごと 1】



会津入りした新選組は、激戦地と言われる場所を、遊撃班としてよく支えていた。



会津に攻め込まんとする“官軍”。

賊軍となり、土方も居ない新選組が瓦解しなかったのは斎藤の力量だった。


しかし当の斎藤には、かなりの負担がかかっていた。
昼間戦闘があった夜には敵にも疲労がある、と言って、単身ゲリラ戦を仕掛ける。
戻れば指揮を取る。
昼夜を問わず動き回った。

骨身を削る、と言うが。
千鶴から見て、今の斎藤は、自分の身は土方が戻るまで保てば良いと思っているのではないかと思えた。



しかし、沖田の労咳を近藤、土方に報告する事無く黙して見守った斎藤に、
自分の命を大切にして欲しいなどと言えない。

千鶴は夜中に一人陣を抜け出す斎藤に途中まで従い、無理を続ける斎藤に血を提供する事しか出来なかった。



この日も夜中まで剣を振るい、密かに戻った斎藤は、
陣に戻る途中の闇の中で木の陰に座り込み、千鶴の血を口にした。

疲れきった斎藤に身を寄せる千鶴の姿は、遠目には恋人の逢瀬だが。
斎藤は鎮痛な面持ちで千鶴の身体を引き寄せていた。


自分が動けば動くほど、千鶴を欲さずにはいられない。
しかし動かなければ味方に死傷者が増える。
一番守りたい女の血を啜りながら、斎藤は身と共に心を削り続けていた。

血は、まだわずかな量で足りていた。
山南のような変化もまだ自分には顕れてはいない。
だが10日、7日、と開いていた吸血衝動は、今は3日と持たない。
千鶴を傷つける狂気を抑える為に、千鶴を傷つけ血を舐める。
自嘲するしかなかった。


求める血の量が千鶴の体に負担をかけるようになったら。
その時には己に引導を渡す。

決意はあった。

ただ、自分が居なくなった後のこの腕の中の献身的な娘が気掛かりで、今は生にしがみついている。



斎藤は、土方の到着を待ちわびていた。

土方にとて託したくは無い。

けれど千鶴の血を啜る羅刹の身で、何も言えるはずが無い。
さらって逃げて、どこかに閉じ込め自分だけの篭の鳥にする夢すら見られない。
血を啜る行為に隠して、千鶴が生きている証の体温と柔らかな体を感じるのみ。

だからせめて。
自分を活かしてくれた土方に。
千鶴を生かして貰う為に、託したかった。




悲痛な想いを無表情の仮面に隠した斎藤を、千鶴はずっとまっすぐ見詰めてきた。
自分という“お荷物”が無ければ、斎藤はもっと無茶をしている確信があった。
そして、斎藤は無茶をしたがっている。
労咳で弱っていく体を抱えて尚、近藤の為に無茶をしたがった沖田のように。



この夜、
斎藤が千鶴を抱き耳朶に舌を這わせる感覚に身体を固くしながら、
千鶴は小さな声で言い出した。

「もっと沢山でも大丈夫ですよ?」
「いや、充分だ」

「ほら、赤ちゃんって、お母さんのお乳だけで大きくなるじゃないですか?」

千鶴の言い出した内容に驚いた斎藤は、千鶴から身を離した。
「赤ちゃんが大きくなれるくらい、1日に何回もあげてもお母さんは大丈夫でしょう?
だから、大丈夫ですよ?」


量の話をしているのは解る。


解るが。



それでは、千鶴は赤子に乳をやるようなつもりで血を自分に分けていたのだろうか……?



予防的な最近の吸血ではなく、本格的な発作の時には、斎藤は、血だけではなく千鶴を丸ごと欲しいと感じるのに。

斎藤が千鶴を欲しながら耐えている間、千鶴は母親の気分だったのだろうか。

あまりの感じ方の違いに、斎藤の思考は止まった。



「あの、斎藤さん、あまり見ないで下さい……」
千鶴が胸を腕で隠し、斎藤から顔を逸らした。
赤子の話に、思わず千鶴の胸元を凝視していたらしい。
「そ、そういうつもりは無かったのだが……すまぬ」
斎藤も顔を逸らす。

千鶴はふと、以前、土方と沖田に胸の大きさを「晒要らないくらい小さい認定」された事を思い出した。
斎藤の視線に、同じことを思っているのに違いないと考え、ささやかに言い訳をした。

「あの、晒を巻いているからこんなですけど、もう少しありますからね!
……少しですけど……」



……………………ハ?



斎藤は千鶴が言わんとしている事を理解するのに、たっぷり時間をかけた。
千鶴を想い、我が身を嘲っていた重苦しい思考が、どこかへふっ飛んでいってしまった。



「ホントですから! 私だって少しくらいはありますから!」



…………あんたは、
何の主張をしているんだ……。



あまりにも男として認識されていない気がする。
例えそれが自分への信頼故だとしても、男という生き物への警戒を知らなさ過ぎる。

こんな夜中に男と二人きりの状況で、見た目より胸はあると言い出すとは。
誘っていると思うぞ、男としては。


斎藤は、脱力しかけながら思った。



これだから、警戒心の足りなさに心配になるのだ、あんたは!



しかしいつものように説教しても、この娘には届かないだろう。
斎藤は、考えてから、口を開いた。
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