◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□勝手にしやがれ
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【勝手にしやがれ 1】



流山、金子邸。



「君ならで 誰にか見せむ 梅の花
色をも香をも 知るひとぞ知る…か」
いきなり和歌を呟いた斎藤に、島田は目をぱちくりさせた。
和歌などを呟くには、ずいぶんと力の無い疲れた声だった。
「……どうかなされたのですか」
「……土方さんは、ずいぶんとご苦労されていたのだと思ってな」
島田はつい吹き出して笑った。
「土方さん仕込みの歌でしたか」
「笑い事ではない…」
「それはそうですが。斎藤組長もご苦労なさいますね」
「何か方法は無いだろうか」
「そこまで見張っていなくとも大丈夫だと思いますが…」
島田は苦笑いをしたが、年若い副長代理の気持ちを思って言い足した。
「無くは無いですが、いささか人道にもとりますな」
「どんな方法だ?」
「縄で繋いでおけば逃げませんよ」
斎藤は目をパチパチと数度瞬かせて島田を見てきた。
そして真面目に考え込み始めた。
「斎藤組長。年頃のおなごに、宣言して厠に行けと言うのは酷ですよ。
それに、今となっては雪村君も古株です。
多少他の隊士と話し込む事もあります。
ましてや今日は、組長の組下の者が斎藤組長についての事を雪村君に尋ねていただけですし」
島田は呆れて、斎藤に釘をさした。
「……そう、だな」
ほんのり頬を赤らめて軽く俯く斎藤が、気の毒になった。




事の発端は斎藤の過剰な心配である。
と、言うか。
恐らく、悋気。
だが本人は至って真面目。
対する雪村も、恋仲でもない斎藤の過剰な干渉によく応えていると島田は見ている。

時と場所が違えば、雪村君も大切にされて、斎藤組長と幸せな家庭を築いただろうに、と島田は思うのだ。
だから斎藤にも出来るだけ協力はしてやりたい。

だが。



**********



実は。


島田は昼間、珍しく千鶴が真っ赤な顔でうつ向いて斎藤に反抗している場面に出くわした。

驚いて、黙って様子を見たのだが。
「そんな、斎藤さんに、いつもより厠で用を足す時間がかかりますなんて言えません!」
「……そうか……すまぬ。
……だが…誰でもする事だ。恥ずかしがる事でもないと思うのだが……」
後半は、呟きのような斎藤の声ではあったのだが。
千鶴は斎藤をキッと睨んで言った。
「言えません!」
島田も、さすがに斎藤に呆れた。
「今日は確かに、ついでと思って勝手場に寄った私も悪いですが、
絶対にそんな事言えません」
千鶴が立ち上がったので、怒って部屋から出ていくのだと島田は思ったのだが。
千鶴は、部屋の隅で、斎藤に背を向けて座り込んだだけだった。
斎藤はそんな千鶴の様子をやたら気にしながらも、かつての土方のように忙殺されている。

部屋から出ていかなかっただけでも、斎藤の心配する気持ちをきちんと汲んでいる千鶴を立派だと島田は思った。




事の起こりを知った島田は、絶句した。


少し失礼します、と言って席を外した千鶴がなかなか戻らない。
この言い方をする時は大概厠だと、斎藤と千鶴の間には互いの共通認識があった。
なかなか千鶴が戻らぬ事に気づいた斎藤は千鶴を探し始めた。
そして勝手場で千鶴を見つけた。
その時に隊士と向かい合って話し込んでいたのを見た。
斎藤としては良い気がしなかった訳である。

不機嫌な斎藤が不機嫌なままに、時間がかかるならそう言え、と言い出し。
何がどうなったのか。
厠にかかる時間の話になったらしい。

厠にかかる時間を宣言していく年頃の娘など嫌だと島田は思う。
そして、そこまで千鶴の身を案じる斎藤に、…………………………お疲れ様です…………………と、思う。


犬も食わないなんとやら、かな。


島田は口を出すまい、と思った。
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