◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□恍惚
1ページ/4ページ

【恍惚 1】



ぐらりと揺れた斎藤に、千鶴は思わず手を伸ばした。



千鶴は倒れる斎藤を抱き留めた。
のしかかった斎藤の背中が大きく上下していた。
身体全体でやっと息をしているのだと判った。
頬に当たる斎藤の肌が冷たい。
体を起こそうとしているようだが、まるで力が入らないようだった。
粗い呼吸が耳につく。
怪我なら手当てのしようもある。
だがこの状態の斎藤に、何をすれば良いのか。
必死に記憶を手繰るが、寝かせる程度しか思い付けない。

その時斎藤の髪が美しく輝いた。
そう見えた。
だがそれは、黒い柔らかな髪が白くなっただけだった。

千鶴は目を見開いた。

羅刹化。

それなら。
それなら、自分に出来る事が一つある。
千鶴は斎藤を傷付けぬように小太刀を抜いた。


千鶴の首筋に流れた一筋の赤い血潮。





匂いだけで理性が飛ぶ。
欲求を抑える事が悪に思える。
誘われるままに滴る血を舌で掬い取った。

甘露。

まず、鼻に抜ける匂いに酔った。
口中に広がる香りが芳醇で甘い。
頭が痺れる。

この1滴を渇望し続けてきた。

飲み下せば、身体中に芳香が広がり、痛みも苦しさも霧散していく。
これを口にせぬとは愚かだ。
もう少し、もう少しと舐め取っていく。
喉を鳴らす毎に、体に力が行き渡る。
体が軽くなる。
力が沸き上がる。

力の入らなかった手足が自由になった。
千鶴に支えられていた体が動く。
気づけば、千鶴の二の腕を握りしめるように掴んでいた。
息をするのさえ辛かったが、楽になっていた。





千鶴の耳元で、斎藤の呼吸が落ち着いて行く。
髪が黒に戻っていった。
だらりと下がっていた斎藤の手に腕を掴まれ、ほんの少し、気を抜くことが出来た。

気が抜けると、斎藤の吐息と耳朶を喰む感触がくすぐったい。
余裕が出てきた様子の喰み方が、余計に肌をくすぐる。

その時、腕を掴んでいた斎藤の手が這い上がり、千鶴の首後ろを捉えた。
まだひんやりとしている斎藤の指に触れられ、心臓が跳ね始めた。
指は更に肌を這い、髪の中へ僅かに潜り込んできた。
指の感触が背中を走り、体が熱くなる。
千鶴は斎藤に気づかれぬように小さく息を飲んだ。





斎藤は恍惚として耳朶を喰む。
辛さがなくなると、血の甘さに満たされていく。
満たされると、着物と千鶴の間から、体温を微かに残した空気がふわりと揺れ上がってきた。
空気が、突如甘い香りに変わった。
香りと、耳朶の柔らかさに誘われて斎藤は喰み続けた。
もっと。
もっと。
もっと。
欲がせりあがってきた。
もっと。
この柔らかな肉に触れたい。
手のひらで、身体中で触れたい。
邪魔な布を取り去り、温かな熱をもっと。



くすぐったさが熱をはらむ。
その熱の誘いに斎藤が酔い、喰む。
螺旋のように相乗していく。



千鶴はいつしか傷に舌を這われるチクリとした痛みが消えている事に気づいた。
それでも暫く動けなかった。
だがこれ以上じっとしていると、力が抜けてしまう。
斎藤に寄りかかってしまう。
やっと、千鶴は声を出す事が出来た。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ