◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□勧酒
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【勧酒 1】



甲州での敗戦後、江戸に戻った新選組は、重い空気を纏っている。
中でも永倉と近藤の間の溝は、時間と共に広がっていった。


永倉にしてみれば、甲州での近藤の采配と結果が許しがたいのが引き金だっただろう。
積もっていた近藤の変化に対する不満が臨界を越え、袂を分かつ事となった。



「新八。佐之」
「斎藤?」
「お?斎藤。お前から俺らの所に来るなんて珍しいな。
忙しいんだろ? どうした?」
斎藤の眼が微かに揺れたが、それが何故かは読めない。
「旅立ちだ。整理が一段落ついたら、ささやかだが祝おう。
千鶴が肴を用意している」
斎藤は持っていた酒の甕を軽く持ち上げた。
敢えて、“旅立ち”“祝おう”という言葉を選んだ斎藤に、永倉と原田は目尻を下げた。
「整理するほどの荷物は無ぇよ」
「なんだ斎藤、気が利くじゃねぇか。
千鶴の料理も暫く食えねぇもんな。
じゃ、ちょっくら頂くわ」


永倉と原田は、気軽に腰を上げた。



**********



斎藤さんは、この日が来るのを予測していたんだな……。



江戸で屯所となった場所に落ち着いた翌日、斎藤は小者に多目の酒を買いに行かせた。
隊士を労う分とは別に、店で一番良いものを、と指示していた。
千鶴は飲み過ぎを気にしたのだが。
斎藤は京に居た頃より少ない酒量で、それはそれで気になっていた。
その酒が今、永倉と原田の前に出されている。



ささやかながら酒宴の準備をし、千鶴は下がろうとした。
永倉が声をかけた。
「なぁ千鶴ちゃん。良かったら一緒にどうだ?
酒じゃなくて、さ」
「だな。千鶴に用意させておいて千鶴に一緒に食えってのも変だけどな。美味いぜ?
茶でも淹れてきてやるよ」
原田が立ち上がりかけたのを千鶴は止めた。
「ま、そりゃそうか。
自分で言うのもなんだが、俺の淹れた茶は飲めたもんじゃねぇからな」
自分たちが淹れた時の茶の味を思って、3人同時に苦笑いになった。
「では、お邪魔させていただきます。
お茶を淹れてきます。
お酒、お燗しましょうか?」
「いや、これは冷やが良いだろ」
「だな。斎藤、良いか?」
「ああ」
最後の夜への誘いをありがたく受けて、千鶴は勝手場へ向かった。



「随分良い酒だな、これ。
いつもこんなん飲んでんのか?」
「……いや」
いつもあまり喋らない斎藤だが、この日は一層喋らなかった。
だが、いつもなら正座で始まる斎藤が、今夜は永倉や原田と共に胡座を
かいていた。
「いつもはもっと普通の酒だよなぁ、斎藤」
「くすねていたのはあんたか、佐之」
「蒸発する分までいつも買ってただろ、斎藤は」
原田が口許を片方上げると、斎藤も小さく笑って見せた。
「じゃあ、佐之が時々持ってくる酒は斎藤のだったのかー!」
「たまに、だよ、ごくたまに」
「たまに、というより、ちょくちょく、だった」



良い雰囲気だな。
試衛館ではこんな風に飲んでいたのかな。



自分の為のお茶を淹れて戻った千鶴は、3人が盃を交わすのを見ている。
純粋に酒の味を楽しむように、ゆっくりと酌み交わす3人に、千鶴の胸は痛む。
こんなに仲良さげなのに、明日には永倉も原田も出ていくのだ。



「平助とは話したのか?」
「ああ。あいつはあいつで、ここに残るってよ。
“ここでまだちょっくら仕事が残ってっからさ。それ終わったらまた飲もうぜ”だとよ。
ガキが大人になったもんだぜぇ」
永倉が、平助の口調を真似て笑いを取った。
「……そうか」
斎藤の瞳に闇い影が走った。
「……。私、ちょっとお茶を淹れ直してきます」
千鶴は、迷いの最中にある様子の斎藤が感情を揺らす気がしていた。
そして斎藤が揺れたのを見取ってしまった。
申し訳ないような気がして、千鶴は理由をつけて立ち上がった。
「あ、俺も水貰おう」
永倉がひょいと立つ。
「あ、持ってきます」
「いいって、いいって。ついでに厠〜」
そう言って永倉は、千鶴と部屋を出ていった。




部屋から少し離れた辺りでだった。
「なぁ、千鶴ちゃんよ」
「はい」
「あいつの事、頼むな」
「……あいつ? 平助君ですか?」
「いや。平助はさ、たぶん、大丈夫だと思うんだ。
良い顔になってたからよ」
「……斎藤さん、ですか」
「ああ。ちょっとよ、気になるんだよ」
永倉が照れくさそうに言い出した。
「余裕が無ぇっつーか、頭固まっちまってるっつーか。
すんげー昔の土方さんみたいっつーかさ。
考えに自分を縛り付けて心がおいてけぼりっつーかよ。
出ていく俺が言う事かよ、とは思うんだけどよ」
「考え込んでいらっしゃいますよね」
「ま、千鶴ちゃんがついてれば大丈夫だと思うけどよ!」
「でも、私もどうしたら良いかわかりません…」
永倉は千鶴の頭を撫でた。
「答えはあいつが出すしかねぇよ。
斎藤も男だ。放っときゃ良いんだ。
ただ、傍に居てやってくれりゃ、よ」
「原田さんが、いつもそんな感じですね。余計な事はしないって顔をなさりながら、お優しいです」
「……佐之の良さわかってんのに、千鶴ちゃんは斎藤なんだよなぁ……。
あんな小難しい男のどこが良かったんだ?」
「え?!」
「あれ? 違ったか? 俺はこういう事には目端効かねぇからなぁ」
千鶴は答えられずにうつ向いてしまった。
「ま、困ったらよ、俺たちんとこ来いよ。
俺も佐之も強ぇんだから、千鶴ちゃんの10人20人、守ってやっからよ」
「10人20人って、前に土方さんにも言われました」
「ええっ?!土方さんと同じかよ?!」
「今頃クシャミしていらっしゃいますね」
千鶴は永倉と顔を見合わせて笑った。




部屋には原田と斎藤だけになった。
原田が柔らかな声を出した。
「なぁ、斎藤」
その穏やかさに、斎藤は顔を上げ、話の先を待つように、僅かに首を傾けた。
「……そろそろお前も、土方さんに従うだけじゃなくて自分の頭で考えても良いと思うぜ。
惚れた女は自分で守るもんだ。
新選組や土方さんに任せてたら、いつか後悔するんじゃねぇか?
ま、一人モンの俺が言っても説得力無ぇけどよ」
「な……んの話だ」
狼狽え、分かりやすく顔を逸らした斎藤に、原田は柔らかく笑った。
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