◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□思いと想い
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【思いと想い】



甲州での敗戦後、綱道の羅刹隊の追跡を避けながら、千鶴と斎藤は江戸に向かっている。

黙々と歩いていると、頭の中には様々な事がよぎる。
今の斎藤は、甲州で千鶴の話を思い出していた。



「刀を持てなくなっても、新選組は斎藤を見捨てたりしない」



幕府は京で、幕軍を見捨てた。
新選組は、土方は、剣を使えなくなっても沖田を見捨てていない。
千鶴はそもそも剣を使えないが、土方は万が一の時、千鶴を守る事を想定し、当然とした。
千鶴と二人で落ちろ、と土方に言われたが、それは、出来れば助ける、というものではなく、明確に助けて当然という意思だ。
助ける為に斎藤を選んで託したのだ。
その程度に働いてきた自負はある。



薩摩長州の銃。
鬼との根本的な能力の違い。

それらは、己を磨く事で跳ね返せた、左構えへの侮蔑とは違う。
己の全てを掛けてきたものが無意味になる予感。



だが、千鶴は、言った。
それでも斎藤は、千鶴にも新選組にも必要とされるのだ、と。



自分という人間は、一振の刀とは違うのだろうか?
そう在りたいと思ってきたのだが。
新選組や土方にとっての、刀でありたい、と。
その刀が刃こぼれし、使えなくなっても必要とされる、とは、どういう事か。


何かが見えそうながら、まだ遠く感じた。




……何故。
何故、千鶴の言葉がこんなにも意識に残るのか。



千鶴との話を思い出せば、連鎖的に甲州で話した時に触れた千鶴の頬の柔らかさが浮かぶ。

千鶴の顔が浮かべば、連鎖的に夜明前に触れた千鶴の肌の感触が浮かぶ。
自分がしでかした事が浮かぶ。


劣情が行動に影響している。
今までの修養では足りなかったのか?
居たたまれない気分になった。



……青くなるべきか、赤くなるべきか……。



斎藤は自分が千鶴にした事を思い出す。
そしてそれを受け入れた千鶴は何を思っているのか。
呆れ、恐怖、侮蔑…。
自分を見る千鶴の目に浮かぶのは何なのだろうか。
斎藤は、千鶴の様子を盗み見るつもりで視線を動かした。



**********



斎藤が黙々と歩くのはいつもの事だ。
たが千鶴は、そろりと斎藤の横顔を見た。
切羽詰まったように黙している斎藤は、何か考え事をしているのだろうと思う。


なぜなら、周囲が明るくなっても斎藤さんが平気な顔で手を繋いだままだから…………。


周りに人は居ないからわざわざ離す必要は無いけれど。
千鶴の知っているいつもの斎藤とは違う、と思う。
斎藤が、照れも遠慮も無しに人と触れあうのは特定の状況の時だけ。
それは、そうする事が“必要不可欠”な時。

出発した時は暗く、足元が危うかったし、冷えもあって手を繋いで歩いたけれど。
今は夜も明けて、歩いてきたので体も温まっている。
千鶴の手をしっかり握っている斎藤の手も、自分の手も、汗ばむ手前ほどの熱を帯びている。

羅刹隊を振り切った時の斎藤はあっさり手を離したから、
今は多分、手を繋いでいる事すら頭に無いのだろう。



伏見奉行所での敗戦以来、斎藤の眼は闇い。
変若水を飲ませてしまった経緯の引け目もあるし、
宿からの出発前に斎藤の羅刹の発作があったので、千鶴としては気になる。


千鶴には、甲州での夜以降、斎藤の態度に小さな変化があるように思える。



遠慮が無くなった、という感じが一番近いかなぁ。
赤くなったり、分かりやすく照れたり…。
新選組の人たちなら、隙を見せるようになったっていうかな…。



千鶴にとっては好ましい変化ではあるし、
斎藤の中に自分の居場所が出来たようで嬉しいのたが。


斎藤さんの中で、何が起きているのかな……。


千鶴が斎藤の横顔を見上げると、斎藤もちょうど千鶴に視線を寄越した。



あ。

今、すっごくわかりやすく動揺した。

珍しいー……。

でも、なぜ?



この時斎藤が、自分が千鶴の着物を乱して肌を露出させ、露になった肌の感触に夢中になったお陰で発作を存外楽に乗り切った事を考えていたなどとは、
千鶴には思い付けもしない。


千鶴が、斎藤が動揺しているなと思った途端、斎藤の足が速まった。
一人で歩く時の斎藤は早い。
ついさっきまでは千鶴の歩く早さを考えた速度だったのだが。
千鶴は手を引かれて半ば小走りでついて行く。



な、何だろう?
追手?



だが背後には何も見えないし、斎藤もそういう様子ではない。
暫く千鶴は走ったが、息が上がって苦しくなってきた。
「さ、斎藤、さん、何か、あり、ましたか?」

斎藤は今度は急に足を止めた。
思わずぶつかりかけて、千鶴は焦った。
見上げると、斎藤は前を向いたままたが、いつもより目が見開かれている気がした。
驚いた顔なのだろうか、 と思った。
もしかしたら自分が重大な見落としをして、それを驚かれているのか。
それとも驚くようなものが斎藤には見えているのか。



「何も無い」



……私にはあります。
斎藤さんが変です。
止まっちゃったし。



千鶴、心のツッコミ。



「…………それなら、いいです。
すみま、せん」
荒い息で切れ切れになりながら返事をした。


言いたくない顔をしている時の斎藤さんに聞いても、答えは返ってこないから。



「……少し早く歩き過ぎたか」



気づいて下さってありがとうございます。
ついでにご自分の様子が変な事にも気づいて下さい。
って、無理ですよね。
斎藤さんって、…………斎藤さんだし。



「すみま、せん。足と、息が……」
「いや。悪かった。……明るくなってきたので焦ったようだ(大嘘)」
「山道に入りますか?」
「いや。まだいい」
斎藤は再び歩き出した。



……手、離れないなぁ……。



千鶴は軽く握っているだけなので、斎藤が力を抜いてしまえば簡単に解ける。
繋がれたままの斎藤の骨ばった手に、千鶴は少し浮き立つ気分だった。


――――――――――――――――


中学生カップルですか、あなたたちは。

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