◆ 雪月華 【3】斎藤×千鶴(本編沿) 完結

□甲州戦敗戦道中の一夜
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【敗走道中の一夜 1】



甲州で、敗戦した。

永倉と原田に助けられ、戦場を離れた。

千鶴の手を取って、羅刹の輪を破り、江戸へ向かう道中。



ひとつ目の宿場町は、追討軍の追手を考えて野宿した。
街道を避け、日光を避け、やっと着いた宿場町だった。


「……斎藤さん?」
「………………。」
珍しくはっきり困った顔を見せた斎藤に、千鶴がどうしたのか尋ねた。
「このポケットというものに入れておいたのだが……金を落としたらしい…」
二人で顔を見合わせた。
「あ! 私、少しあります!」
千鶴が懐から財布を取りだし開いた。
節約すればなんとかなりそうだが、斎藤の現状や追討軍の目を避けて個室を取りたい事、野宿の用意を含めて考えるとなると。
当座の分はあるが、二人で旅を続けるには足りない。
「あ!ちょっと見ないで下さいね」
「駄目だ」
「……え?」
「あんたは目を離すとすぐにどこかに行く」
千鶴は苦笑した。
仕方なく斎藤に背中を向けるだけにして、懐を奥深く探る。
そこから6両が出てきた。
「……これは?」
「以前、沖田さんが、鎖帷子の代わりに急所を守る板を入れようと言い出して」
斎藤の目が鋭くなった為、千鶴は一歩引いた。
「それを聞いた土方さんが試そうと仰ったんです。
私は鬼なので、心臓を守れば良いと言うことで」
土方の名前に斎藤の目はやっと射すのをやめた。
「手元にある金属という事で、こうなりました。
背中にもあと6両あります」

事情を聞くと千鶴の身を守る為のものなので、いかにも使い辛い。
しかも出所が沖田と聞いて、斎藤としては無性に使いたくなくなった。
しかし背に腹は変えられない。
斎藤と千鶴は両替商を回って、一件の宿に入った。



洋装に刀の斎藤のいでたちは、いかにも軍関係者だ。
宿の主は巻き込まれるのを警戒して渋い顔をした。

斎藤は主のすぐ隣に腰を下ろした。
「個室が欲しい。部屋に籠って問題は起こさぬ」
小声で言って、主の袂の中にポトリと小銭を落とす。
「飯と風呂、厠だけ使わせてくれれば良いのだが」
ポトリ。
「長着を1枚、女の長着を1枚。
一晩貸してくれればこの姿も変えよう」

ポトリ。

ポトリ。

「先払いで払う」

小銭がチャリンと音をたて始めた。

「裏へ回る。部屋はあるな?」
チャリン。

「ございます。裏へ」
宿の主も小声で言うと立ち上がった。
「えらいすんません」
それだけをはっきり言い、断ったように見せかけた。

斎藤の、無愛想なままながら手際の良い様子に目をしばたかせながら、千鶴は裏通りへ回る斎藤の後を追った。



勝手口から宿の主に案内された。
靴と雪駄を持って宿に入り込む。
「厠ですが…すみませんが内向きのを使って頂けますか」
「承知している」
部屋に入ると、斎藤は窓から外を覗いたり、部屋を見回したり、隣室の気配を見たりと動き回った。
「雪駄は窓の側に置け。いざとなったら窓から逃げる。
千鶴、お前は何があっても声を出すな」
「は、はい」
板の間に置こうとした千鶴に斎藤の指示が飛んだ。
「失礼します」
襖の向こうから主の声がかかった。
「向こうを向いていろ」
斎藤に言われて千鶴は向きを変えた。
「入れ」
襖が開けられ、主が着物2枚を持って入ってきた。
「茶漬位でしたら今からご用意しますが」
「頼む」
「かしこまりました」
そう言って宿の主は頭を下げたが、出ていく気配が無い。
斎藤が無言で金を渡したが、宿の主はまだ動かない。
斎藤相手に、にこにこと愛想笑いを浮かべている。
「足りぬ筈は無いが?」
「どこぞのお嬢様で?」
女とばれている事に、千鶴はギクリとした。
斎藤が、向こうを向けと言う筈だ、と、千鶴は我ながら思った。
万事読まれていて卒がない斎藤に舌を巻く。

斎藤はわざとらしく小さな舌打ちをしてみせた後、懐を探った。
「そんなところだ」
「駆け落ちでしたら、追手がかかりますなぁ」
「…………昨日発ったと言え」
「しかと心得まして」
斎藤が更に金を払うと、やっと宿の主は出ていった。
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