◆ その他の話

□(幕末)その先【7】
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【その先 33】



隊士部屋に戻った園田一は、三番組に問いかけた。
「武運と幸運、どっちが強いと思う?」
その問いかけに三番組はああだこうだと話し始めた。
それを聞きながら園田一は迷う。
自分はどちらが欲しいだろうか。
例えば斎藤が天霧のような強者と対したのを見た時に。

「武運とは、戦功だよな?」
「幸運ってのは……戦に限らないものだから、
比べるものではないのではないか?」
「だが戦場でも幸運はあるだろ?九死に一生を得たというような」
「では幸運が上か?」
「幅が広いのは幸運、か」
「武運は一人のもの、幸運は限らんのでは?」
「だが大将に武運があれば恩恵に預かれるだろ」



……違うな。
お雪が死なない幸運が欲しかっただけだ。
お雪が死ななければこんな事を考えず、
三番組にも来ず、……



「お前はどう思ってるんだ?」
「私は幸運を使い果たしたからね。
さっき山南総長に武運を祈って貰ったからそれに縋るとするよ」
「あの時捕まったのか」
「少しだけね」
「何か言われたのか?」
「ん?武運をって言われたよ」
大怪我を負った山南に武運と言われるのは不吉な気がして、
三番組は顔を見合わせた。

「……ソノダ、何に幸運を使い果たしたんだ?」
「三番組に来れた事だよ」
「!」
「……!」
「……言うねぇ」
「全くだ。よく言う」
「はっはっ……痛い!痛い痛い!どうして殴るっ」
三番組の面々から、照れ隠しの制裁を浴びた。



それからしばらくして、山南の死が隊士たちに告げられた。
詳細は語られなかった。
盛大な葬儀と、苦しく苦い試衛館派幹部たちの面持ち。
礼儀として神妙にしている伊東派。
とうとう副長の堪忍袋の緒が切れたんだ、という口さがない他人事な噂。
そんな空気の中、新選組は西本願寺に屯所を移した。


**


山南の訃報が落とした重い空気は屯所移転により比較的早く払拭された。
西本願寺の屯所はそれまでとは違い、かなり広く余裕がある。
寿司詰めの部屋で過ごしていた平隊士たちには喜ばしい事だった。

移転後の夜、全員が集まってもたっぷり余裕がある広間に
酒の大樽が幾つも並んだ。
無礼講だと言った近藤の明るい大音声に、
幹部も平隊士も関係無く存分に飲んだ。
その騒がしい広間から園田一は抜け出し、
一杯の酒を適当な木の根元に流した。
「何をしている」
斎藤の詰問に、酒を流し終えてから振り返って答えた。
「特段」
「本当の事を言え」
斎藤の見せる警戒に園田一は肩をすくめた。
「総長への献杯です」
「…そうか」
「そうです」
「……関わりがあったのか?」
「廊下ですれ違った時の一言二言です。
その時に武運をと言って貰ったんで、まぁ、少し敬意を表して」
「そうか」
「そうです」
「広間には戻らないのか」
「組長はどうしてこんな所に?」
「騒がしいのは苦手だ。義理は果たした。引き上げる」
「……大徳利2つもくすねたんですか。
私は一杯しか持って来なかったのに」
「っ、これは……っ」
「独り占めの魂胆ですよね?」
「……それは……っ。……ついて来い」
「はあ」
園田一は献杯に使った枡を持ったままついて行った。

斎藤は自室に園田一を連れ込んだ。
袂から枡を取り出した。
「……やっぱり独り占めの魂胆ですよね?」
斎藤は答えず、園田一の持つ枡に酒を注いだ。
「……飲め」
「頂きます」
園田一が飲むのを斎藤は見守った。
「……何です?」
「これであんたも共犯だ」
「!」
やっと飲み出した斎藤を見て、園田一は肩を落とした。
「酒に関しては侮れないなぁ……」
「どういう意味だ」
「最初に酒に誘った時です。来ない気がしたんですが、いらしたもんで」
「待っていたではないか」
「来る気もしたもんで」
「どっちだ」
「さぁ? もう忘れました」
「都合の良い頭だな」
「年のせいで些か忘れっぽくなっているようです」
「……幾つなのだ?」
園田一が答えようとした時、隣部屋でコトリと音がした。
「隣は副長の部屋ですか?」
こんな日に自室に戻るような幹部と言ったら園田一には土方しか思いつかない。
仕事をしているのかと思った。
「っ、隣は、……」
斎藤の様子を見て何かあると思った園田一は隣部屋に続く襖に声をかけた。
「一緒に飲みませんかー。組長と私、園田一しか居りませんので
少々華が足りないんですー。ふくちょ……」
「よせっ」
斎藤が園田一の口を押さえにかかった。
「あの、私は飲めませんからお二人でごゆっくりどうぞ」



え。



襖の向こうから聞こえた声に園田一は固まった。
園田一は“華”と言ったが土方のつもりだった。
“華が足りない”と言われて、千鶴は女の事だと思った。
園田一という名前は覚えがあったから、小声で答えたのだった。
園田一は目だけで斎藤を見た。
そっと斎藤の手が園田一から離れた。
園田一はヒソヒソ声で斎藤に尋ねた。
「……隣、雪村君なんですか……」
「……。そうだ。その向こうが副長の部屋だ」
「……………………」
「何だっ」
「……いえ。何と申し上げれば良いやらで」
「なら言うなっ」
ポソポソヒソヒソ。

「まずは、頑張って下さいと申し上げておきます」
「何をだっ」
「三番組一同、応援しとります」
「何を言っているっ」
「……いやまぁ……。さすが副長、鬼ですね」
「何の話だっ」
「何のと言いますか……。雪村君、一人じゃつまらんでしょう?
話しませ……モガ」
「あんたは何を言い出すっ」
「モガモゴボゴ」
「何を言っているか分からんっ」
園田一は口を押さえている斎藤の手を指でつついた。
「……ふぅ。いや、こんな周りが騒いでる日に一人じゃ寂しいでしょう。
それとも二人きりが良か……」
「護衛だっ」
「なら、目の前に居た方が安心です」
「うっ」
「私も居りますので、組長が血迷ったら力ずくで止めますよ。
あ、刀は離して置いておいて下さい」
「あんたはっ、何を言っているっ。誰が血迷うなどとっ」
「なら良いじゃないですか。護衛ですよね?
大徳利2つもくすねながら」
「……っ」
「飲みながら護衛ですか?新選組も緩くなったなぁ……」
「……何か起きるとは思っていないが万一を考えただけだ」
「隣の部屋の音に聞き耳立てながらですか?
そっちの方がよっぽどですよ。
盗み聞きしながら一人で何するつもりだったんですか?」
「誰が盗み聞きなどっ!何もせぬっ!」
「音も気にせずに護衛って、そりゃダメな護衛ですね」
「……っ、何が言いたいっ」
ポソポソヒソヒソ。

「本人に決めて貰いましょう。
雪村君ー、酒はさておきお茶でもご一緒にいかがですかー?
斎藤組長もその方が護衛しやすく安心ですしー!」
「……………………。」
「……あの、そうなんですか?」
千鶴の小さな声がした。
「……………………………………………………………………
…………………………………………………………………………
……見える所の方が安心だ」
「分かりました。あの、お酒があるのでしたら、
何かつまめるものをお持ちしましょうか?」
「いら」
「ありがとうございますー!」
「……ん……」
「行ってらっしゃい。ここでお待ちしときますんで」
「…………。」
「皆酒入ってますから。万一を考えて護衛はした方が良いと思いますね、私は」
「…………っ、明日、っ、」
「稽古ですね。承知です。朝から湿布の準備しておきます」
斎藤に激睨みされながら園田一は、行ってらっしゃい、と、ヒラヒラと手を振った。
斎藤が部屋を出て行くと、園田一は部屋の隅で壁に向かって寝転がった。
一度起き上がり、部屋の隅に積んである布団の山から掛け布団を取り、
自分に掛けるとまた畳の上に寝転がった。



あとはご自分で何とかして下さい。
他の組長たちを出し抜く機会なんてそうそう無……、
いやいや、隣部屋なら出し抜き放題か。
問題はそんな甲斐性が組長には無さそうって事だな。



狸寝入りを決め込んだ園田一だが、なかなか二人が戻らない事に呆れた。
あの組長が艶事に持ち込んでいるとは思わないが、
思っていたより斎藤と千鶴は馴染んで親しんでいるらしい、と思った。



……ついでだな。寝てしまおう。
明日は相当しごかれそうだしねぇ。



園田一は目を閉じた。
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