◆ その他の話

□(幕末)その先【7】
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【その先 32】



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園田一には伊東以上に苦手な人物が居た。
総長、山南敬助。
自分より少し年上で頭が回り、表の顔を崩さないのに裏の顔を透けさせて
それを利用している、と見ている。
だが腕に大怪我をしてからの山南は刺々しくて言うことがいちいち鬱陶しい。
だから気にならなくなった。
人間臭さが表に出てきて、鬱陶しさも刺々しさも悪くない。
それでも鬱陶しい事には変わり無いので他の隊士同様避けている。

稽古から戻る時に、この山南と鉢合わせた。
「……稽古ですか。さすがは斎藤君ですね。油断が無い」
「恐れ入ります」
先頭を歩いていた者が答える。
「稽古は大事ですね。油断すればいつ私のようになるとも限らない」
「精進いたします」
三番組は会釈をして山南の横を通り抜けようと思った。
「そうですね。私は精進が足りなかったようです」
にっこり笑うが、三番組の言葉を嫌味と捉えた返事をした。
総長山南が強かった事は誰でも知っている。
腕を比べれば三番組が劣る。
どう言葉を返したら良いかと、三番組は顔を見合わせた。
こういう時は口の回る園田一だろうと、視線が園田一に集まった。
だが園田一は僅かに眉を寄せた。
自分が口を開けば山南を不快にさせると思う。
しかし三番組の戸惑いを感じて口を開いた。
「足りなかったのは運でしょう。総長の強さは誰でも知ってます」
「強かった、ですね。今の私は、もう刀をまともに握れませんから」
「だから運の問題ですね。天から二物、三物与えられてしまった故に、
1つ回収されたんでしょう」
三番組は園田一の口の悪さを知っているので緊張していた。
「……私がですか?」
「強くて頭が良くてその上容姿端麗。
前のままでは我々に女が回ってきませんからね」
「今は伊東君が居ますし、容姿は衰えるものです」
「それは伊東先生も同様ですよ。伊東先生とてもう百年経てば土くれですし、
三人寄った文殊の知恵と伊東先生お一人では、文殊の知恵が上回るでしょうからね」
園田一は、言って、しまった、と思った。
三人とは、近藤、土方、山南を指したつもりだった。
と、なれば。
「我々は三人がかりでなければ敵いませんか」
やっぱりここを突かれた。
背中に冷や汗を隠した。
「……文殊の知恵は人を遥かに凌駕しているものだとばかり思ってましたが?
比べ物になりませんよ」
何とか言い抜けた、と思った。
今のうちに去りたい。
「総長の深慮の邪魔をせぬよう、我々は巣穴に大人しくこもります。では」
「……配慮に感謝を」
山南がそう言ったので、三番組は会釈をしてそそくさと山南の横を通り抜けていった。
「……私に、何か?」
立ったまま動かない園田一に、山南が尋ねた。
「っと。すみません。そう返ってくると思っていなかったもので。失礼しま……」
「小賢しいと言われると思いましたか?」
「…………」
山南の顔には闇を含んだ笑顔があった。
園田一は口角を上げた。
「……そうですね。私は小賢しい。やっと安堵しました」
山南は少しばかり首を傾けたが、静かに言った。
「あなたの武運を祈ります」
「……肝に銘じます」
「良い心掛けだと思います」
山南の言葉に園田一が頭を下げると、山南は行ってしまった。
園田一は、何とか機嫌を損ねずに済んだと思い、
山南に聞こえぬように長く息を吐いた。
今の山南はやはり嫌いでは無いと思った。
鬱陶しいので今後も寄り付くつもりは無いが。
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