◆ 突発企画 2015

□(幕末)巨大お手玉の謎
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【お手玉 2】



***********



斎藤はその刀の拵えにたっぷりと時間を掛け、
本当に満足いくまで細かくやり直しを依頼した。

白い鮫皮に黒の糸。
飾り気も面白味もまるで無い実用一辺倒の拵え。
刀の血が手元に流れ込むのを避けるため、
鐔には透かし彫りも無い。
これほどの刀身に意匠を拒否する注文。
職人が、あまりにもつまらないからと拗ねて
勝手に入れた一本の線があるのみ。
だがこの一本線は職人自身も刀身に似合うと思って気に入った。
拵えの各部の職人たちも同じ思いだったのか、
どの金具にも真っ直ぐな一本の線があしらわれていた。
それも、刀身の荒々しさに沿うように、
使うのに支障が無いように、
そして助けになるように、と
考えられて入れられた樋(ひ)だったから、
それがまた統一感を生み、荒々しいひと振りに仕上がっていた。

その刀が斎藤の腰に収まったのは、購入してからゆうに三月も経った頃だった。



いつもとはまるで違う満足げな輝きを放つ斎藤を見つけて、
千鶴は斎藤に駆け寄った。
ついさっき刀剣商が来ていたから、しばらく前の刀が
仕上がったのだろうと想像がついた。

「仕上がったのですか?」
「ああ」
素っ気ない返事だが、明るさが滲んだ声に千鶴は笑顔になった。
「振った時の具合も切れ味も申し分無い。
良い買い物だった」
わざわざ腰から抜いて見せてくれる斎藤に、
千鶴は、相当に自慢の品に仕上がったのだろうと
笑みを深くした。
刀を覗きこんで言った。
「良かったですね。……ああ、お名前を飾りにしたのですね」
「……名前を、飾りに?」
「これ、お名前の、一、をあしらったのでは無いのですか?」
「…………。」



……言われてみれば。
この線は、はじめ、の一にも見えるか。



「あれ?ち、違いましたっ?!すみません!」
「……いや。そうも見えるな」
「ご依頼なさったのではなかったんですね」
「ああ」
「素敵な気遣いですね。正に斎藤さんのお刀ですね」
一本の線すら、余計な事を、と思っていた斎藤だったが、
待ち侘びた己の探し求めていた刀に、
何も言わずとも職人たちが自分の名を知らず知らずに入れていた。
正に自分の為の刀だった、という気がしてきた。
悪い気分では無い。
益々その刀を気に入った。

斎藤はそれからしばらくの間、
斎藤らしくない、と裏で囁かれるほど明るい顔をしていた。


それからもう何日か経った頃。
千鶴が中庭で洗濯物を取り込んでいると、
斎藤が暗い顔で土方の部屋に向かうのが見えた。
その手の中で大きな山になった、幾つかの白い塊。



……お手玉。
の、訳が無いよね。
あんなに大きいお手玉なんて無いし。



しかし重量感やなんとなく伝わってくる感じが
どうしてもお手玉を連想させた。



************



「……給料の前借り? …………。はあっ?!お前がかっ?!」
小さくなってうつむいている斎藤に、
土方は驚きの声をあげた。
「額も小せぇし構わねぇけどよ。どうしたんだ?
刀の方の金はピッタリちょうどだったって言ってたよな?」
「……ありがとうございます。
はい、刀の方は予定通りでした」
予定通り、全財産をはたいた。
「じゃ、そのでけぇ団子の分か?
何だ、そりゃ?」
「……は。その、実は、良い竹が入ったと言われ、
目釘を頼んだのですが」
「目釘?目釘がそんな額にはならねぇだろ」
「……それが。今回手に入れた刀の目釘穴は比較的大きく、
何かの折には削れば他の刀にも流用出来るかと
多めに買い求めましたところ、
金額が思いの外かかりました……」
「……待て斎藤。まさか、その塊全部目釘かっ?!」
「いえ、まだ部屋にもあります……」 千鶴が見た、斎藤の両手一杯に乗った
幾つかの巨大お手玉が数個、
斎藤の前でちょっとした山を作っていた。
「……一体どれだけ作ったンだよ……。
そりゃ確かにしょっちゅう替えるモンだけどよ……」
「……はい。竹一本分、丸ごと……。垣根竹の煤竹だったもので……」
「……お前なぁ……。まぁ、お前には
他の奴らより刀使わせてるけどよ……。
それにしたってここまでの量は……」
土方は呆れ切った顔になって、斎藤の前で山になった
巨大お手玉を見詰めた。

「……分かったよ。……しっかしなぁ、斎藤……」
「はい。すみません」
「備えあれば憂いなし、って言っても、
限度ってもんがあるだろう……」
「はい」
「……腐らせんなよ?」
「はい」
「店のモン、待ってるのか?」
「……はい」
土方は呆れをたっぷり含んだ溜息を漏らした。
「そのままちょっと待ってろ。今、勘定方への指示書書いてやるから」
「……すみません……」
斎藤は部屋に墨の匂いが広がるのを感じた。
「ほらよ」
「お手数をおかけいたしました」
斎藤は深々と一礼して部屋を出た。



************



……さっきの斎藤さん、暗いお顔だった。
どうしたのかな?
あのお手玉のせい?
あのお手玉、何なんだろう……。



そんな事を思いつつ、千鶴は洗濯物を取り込む作業を終わらせた。
千鶴がくれ縁で洗濯物を畳んでいると、

ボトリ

と、そこそこの重量感のものが降ってきた。



あ。
斎藤さんの大きなお手玉。



「すまぬ、当たらなかったか?
悪いがそれをここの上に乗せてもらえぬだろうか」
斎藤は両手で持った大きなお手玉の上を示唆した。
千鶴はその巨大お手玉を両手で拾い上げた。
「…これは何ですか?お手玉では無いですよね?」
中には小さな物が詰まっているようだ。
木のぶつかり合うような涼しげな軽い音をたてる。
「……目釘だ」
「………………。……えっ?!こんなに?!」
「……少々度が過ぎたのはわかっている」
斎藤はほんのり顔を赤くし、あらぬ方向を向いた。
「……はあ」



……一体幾つあるんだろ?
1日1回換えても……何年分?



斎藤は何とか右腕に全ての大きなお手玉を全部乗せると
左手で懐を探り、首をかしげた千鶴の手の中に
ポトリと小さな竹の部品を落として去ってしまった。



……あ、目釘。
お裾分けのつもり、なのかな?



千鶴は目釘を握り締めながら、斎藤の姿が
見えなくなるまで黙ってその背中を見送った。



*************



「おいっ、聞いたかっ?!あの斎藤が前借りしたってよ!」
原田が、縁側でのんびりしていた永倉と平助の元に走ってきた。
「え、ええっ?!はじめ君がっ?!何で?! どうして?!」
「よく分からねぇんだけどよ、でけぇお手玉買ったらしいぜ?
千鶴が見たってよ」
寝そべっていた永倉も驚いて体を起こした。
「……お手玉? 何でそんなモンを?
何でそんなモンが前借りするほど高ぇんだ?
そんなモン、何するんだ?」
「俺が知るかよっ!」
「そこを聞いてこいよっ!」
「それより、あの斎藤が前借りだぜ?!
明日は嵐だぞ!
新八、お前巡察当番だろ。気をつけろよ?」
「……そうだった。くかーっ!斎藤の奴、何だってこんな時にっ!」
「オレ、はじめ君に事情聞いてくるっ!」
平助は走って行った。



少しして。

平助の大声が屯所に響いた。
「う、うわーっ!はじめ君っ!いてっ!
蹴るなって!本気で蹴るなってばっっ!
褌見えるぞっ!見たくねぇしっ!」
「やかましいっっっ!」
珍しい、斎藤の大きな大きな一喝も屯所に響いた。


鳥が一斉に飛び立つ羽音がし、
広い屯所は、一瞬、静寂に包まれた。

「……新八」
「言うな、言ってくれるな、左之……」
「明日は何かあるぞ、ぜってぇ……」
「分かってっから、それ以上は言うなよ、頼むから……」
「……なぁ新八。平助、生きてると思うか?」
「思う訳無ぇだろ……」
「……だな」
「……だろ。俺も……明日は何が起こるか怖ぇよ……」



翌日。

幸い、何も起こらなかった。

千鶴はちまちまと、斎藤に貰った目釘を、
自分の小太刀に合うように削った。
小さいので結構大変だったが、出来上がって
柄に収まった目釘に、ニコリと笑った。


《おしまい》



―――――――――――――――――



刀を手に入れて舞い上がって調子こいちゃった斎藤さん。


目釘、は、柄に刀身を留める部品です。
これが折れると柄から刀身がすっぽ抜けて
どこかに飛んでいってしまう。
ので、とても危ない。
小さいながらも重要な部品。

ネットでざっと調べただけですが。
小さいながらも力のかかる部分でもあり、
1回試合ったら替える、位に消耗するようです。
力がかかる割には小さな部品ですからね。成程、と思いました。
竹なのは、繊維が長いため、折れても繊維で引っかかる事もある
粘りのある素材だから、な、ようです。
鉄などの硬い素材だと刀自体を痛めてしまったり、
目釘の穴がすぐに広がってしまいガタつくようになってしまうとか。
折れる時もポッキリなので、強度はあっても向かないと読みました。
垣根や竹林の外側の、風雨に晒された
よく締まった竹が理想だそうです。
更に囲炉裏であぶられた竹は更に締まり、
目釘としては理想の素材だそうな。
更に、竹の外側の皮を残すと、繊維が粘るので折れても
刀身がすっぽ抜ける確率が減るようですね。
その代わり、目釘穴の中で折れると取り出すのが面倒なようです。
斎藤さんの事だから、一度打ち合ったら替えているだろうなと思い、
ストックは沢山欲しいだろう、と考えてのお話でした。
でもストックし過ぎ。

気になる方は目釘についてご自分で調べてみてね♪

今回斎藤さんが勧められたのはこの垣根竹で煤竹だったため、
飛びついたという事にしました。



元は、リクエストの中にあった、目貫や柄頭を帯留に作り替えて
千鶴ちゃんにプレゼント、
千鶴は俺のモノ、的な〜、というような素敵なネタでした。

それがねぇ……。
どうして調子こいちゃった斎藤さんの話になるんだか……。
そしてプレゼントが帯留じゃなくて目釘。
トホホ……。

しかもまた褌ネタ入ってるし(笑)
すっごい気になるんだよ、着物と褌の組み合わせは!(笑)
だって時代劇での乱闘シーンでは、
足の付け根辺りまで見えたんだもん!
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