◆ 突発企画 2014 (上半期)

□(幕末)君の尻尾【1】
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【君の尻尾 2】




千鶴の後ろ姿を見ながら斎藤は、鼻の下を指で軽く擦った。
千鶴の気配が近くから消えない。
妙にムズムズする鼻にもう一度触れた時、ああ、匂いだ、と気づいた。

千鶴は髪に何かをつけているらしい。
甘いような香りが残っているのは、千鶴の髪が顔に当たったため移ったのだろう。
その程度のものだったので、千鶴の気配を残した香りはすぐに消えてしまった。

残念なような、ホッとしたような。
微妙な心持ちを持て余しながら、斎藤は羽織を脱いで片付けに向かった。



土方の後ろを歩いている千鶴は、土方の髪が揺れるのを見上げていた。
「松本先生が、隊士の健康状態は個人別で、山崎やお前が居なくても誰でも探せる順番で並べろっつってな……」
言いながら土方は千鶴へと振り向いた。
土方の髪は揺れただけで千鶴には当たらない。
長いため重いのか、長いと髪の動き方が違うのか。
「おい、聞いてるか?」
「は、はいっ! かるての整理ですね!」
「かるて?」
「診断した記録の紙です」
「ふん…かるて、な。かるて……」
土方は新しいものに素直に興味を示す一面があった。
今は、記録の紙を“かるて”というのだと新しい言葉を記憶に入れているらしい。

「その“かるて”だけどよ。組別にまとめてたんだが、探すのに手間取ってな」
「でしたら、名前順が良いですね」
「名前、か」
「いろはの順に並べていけば子供でも探せます。
名前には読み仮名をつけていきましょうか」
「そうだな。頼めるか」
「はいっ!」
土方が顎で示した部屋に山崎が見えたので、千鶴は土方の一歩前に出た。
「ああ千鶴」
「はいっ」
「っと…」
千鶴が振り向いた拍子に千鶴の髪も動いた。
髪は土方の顎の下ギリギリを通っていった。
「ひいっ!すみません!」
千鶴は変な声を上げて謝った。
「当たってねぇよ。……もしかしてさっき斎藤に頭下げてたのは、それのせいか?」
土方は千鶴の頭を指差した。
「はい…。お顔にぶつけてしまって…」
急にションボリした千鶴に土方は笑った。
「そんな事で腹立てるタマじゃねぇだろ、斎藤は」
「はい。笑って許して下さいましたけど…」



……笑ってたか?
いつもの鉄仮面だったけどな。



そう思ったが、土方はそれには触れずに、後は頼む、と戻って行った。



***********



「ふむ。副長の髪は君よりかなり長いからな。
藤堂君も高い位置で結っているが、副長より更に長い。
髪の長さは一朝一夕には変わらないし、髪型を変えるにも男装では髷を結うことになる。
斎藤君と居る時だけ気をつければ良いのではないだろうか」
「それしか無いですよね…」

作業をしながら、千鶴は山崎に先程の事を話していた。
「お顔に当ててしまったのが心苦しいんです。
お詫びがしたいんですけど……」
「そうだな…。今は思い付かないが考えておこう。
だが斎藤君は、そんな事を長々と気にする人だとも思えないが」

山崎の斎藤評に、千鶴はニコリと笑った。
自分も、斎藤とは人に寛容だと思う。
土方や山崎も斎藤をそう捉えているのだというのが、何故か嬉しい。
「はい。だからつい甘えてしまって。
たまにはきちんとお礼とご恩返しをしたいんです。
でも私が出来ることなんてろくに無くて…」



………………。
隣で笑っていれば、斎藤君には充分だと思う。



しかしこの案は斎藤を思えばこそ口には出せない。
「急ぎの案件でも無いから、機会を待つのが得策だと俺は思う」
「そうですね。頑張って探してみます」
「それが良いだろう」
山崎と話して多少気の軽くなった千鶴は、
時間をかけてお礼になることを探そうと思った。
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