◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□江戸にて
2ページ/3ページ

【1】



油小路の変で怪我を負った藤堂平助が羅刹となった。
沖田の病状が悪化、近藤の妾宅へ移った。
更には局長近藤の負傷。
大政奉還で沸いた薩摩の人間も続々と京に入ってきている。
新選組も一時幕府に取り込まれたが反りが合わず。
結局はまた、新選組、となった。

キナ臭くなってきていた。

変若水を飲んだ斎藤も、それでもこの頃はまだ一振りの刀として存在出来た。



羅刹となり、船で江戸へ落ち、江戸での屯所が決まり落ち着くまで、約一月半。
数度の羅刹の衝動に襲われた。
最初は短時間の軽いもの。
これならば凌げると思えた。
しかし次からは、はっきりとした衝動が始まった。
昼間が辛くなり、体が変わっていくのがわかった。
衝動は抑えがたくなっていった。


江戸では近藤も土方も幕府の要人との会合が増え不在がち。
沖田は養生の為、別の場所へ行った。
永倉の不満の増大、原田の鬱屈。
斎藤は、かつての土方のように雑事全般を取り仕切るようになり、多忙をきわめていく。



そして、血の匂いに敏感になった事を自覚せざるを得ない瞬間が来た。
それも、千鶴の血で。



ふわりと漂ってきた芳醇な酒の香のような、好ましい香りをまず感じた。
欲しい、と思えた。
だが酒の匂いでは無いので何かと顔を上げる。
目で探すとそれは容易に見つかった。


ああ、千鶴の赤い酒か。
良い香りだな。

欲しい。


酒の入った器を取りに行くような気持ちだった。
千鶴の指の赤い小さな塊を欲して手を伸ばそうと、体が動きかけた。
ごく自然に思ったとほぼ同時に、それは血だと気付いた。

自分の欲求に怖気(おぞけ)が走った。

甘い気配を濃厚に発する血を、思わず凝視した。

これか、と思った。
これが血に誘われるという事。
血への欲求の始まり。

ついに、来た。

かつて斬り捨てた血に狂った羅刹の姿が脳裏を走る。
いつか、ああなる。
今までの全てが消え去り、愚かな姿を晒す。


感じた事の無い恐怖が競り上がった。


狂った時に誰かが側に居て、自分がその者を食らうかもしれない。

冷や汗が、耳の横を一筋流れ落ちていく。



斎藤にとって幸いだったのは、それが千鶴だった事だった。
ごく自然に千鶴が自分の血を舐めとった後は、傷は塞がったらしくそれ以上の出血は無いようだった。
血の匂いは霧散していった。

普通の人間だったなら傷からの血に、部屋から追い出さねばとても耐えられない甘さの匂いだった。



千鶴が、血が欲しいのかと問うてきた。
欲しいなどと言える筈が無い。
言いたくも無い。

元々変若水について気にしていた千鶴の負担にならないように、
千鶴の為ではなく隊務の為の選択だったと告げて、斎藤は千鶴との会話を封じた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ