◆ 雪月華【2】斎藤×千鶴 (本編沿)

□特命出たぞー
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【特命 3】


だが土方の不機嫌を、斎藤も千鶴も黙殺した。
極めて異例の事である。
斎藤は早々に昼餉に箸をつける。
おかずは全て、先程の訪問者たちが持ってきたものである。
千鶴も慌てているように、斎藤に倣って食べ始めた。

「……斎藤? 千鶴?」
怪訝な土方の声。
「………………。」
返事をしない斎藤を土方がじっと見ると、斎藤は黙って懐から1枚の紙を差し出した。
紙を受け取って目を通す。
それまでなかなか探りきれなかった店と、尊攘派の癒着の内容に、土方は顔を上げた。
「おい、斎藤、これは…」

「……………………。」
斎藤は黙って飯を食い続けている。
斎藤が、珍しくヘソを曲げているらしいと見た土方の声音が変わった。
「……斎藤?」
あっという間に食べきった斎藤が、やっと口を開いた。
「井上さんと隣家に挨拶に行きました。
それ以降、ご覧になった通りの状況です。
それはご老人たちの話から判った事を記録しました」

土方がまだ箸も持たぬ間に、千鶴も食べ終わった。
さっと立ち上がると、当然のように斎藤の横に瓶を、斎藤の前に空の湯飲みを置いた。

斎藤は湯飲みに中身を注ぐ。
辺りに酒の匂いが漂った。
「おい、昼間っから…」
土方の牽制も聞かず、斎藤は一気に飲み干した。
そして正座のまま、酔った気配もなくまっすぐに土方を見た。

……酒でも飲まなきゃやってられねぇって事か?そして千鶴も同感なのか?と、土方は思考を巡らせる。

「副長」
「お、おお?」
「この数日、先程の状況が続き、その…千鶴との仲をネタにからかわれております。
どうすれば宜しいでしょうか」
「……………………はぁ?」


斎藤さん…。
相談って、そこですか……?


千鶴は斎藤に対して初めて頭痛を覚えた。
仕方なく、千鶴も土方に問う。



「最初に挨拶しただけで、翌日から今の状態なんです。
大人しくしていたつもりなんですが…何がいけなかったのでしょうか?」
「……………………はあ?」


土方は、斎藤と千鶴から向けられる真摯な眼差しにたじろいだ。


「お雪ちゃーん、今日は饅頭持ってきたよー。
なんだか男前のお客さんがあったってー?」
「はーい!」

土方が二人の問いに答える前に、千鶴は玄関口へと駆けていく。
「ゆっくり飯も食えねぇって訳か?」
「はい」


土方は、先程老人たちに取り囲まれた事を思いだした。
「斎藤、また夜来る」
立ち上がろうとする土方に、斎藤は先程空にした湯飲みを突きつけた。
「いえ副長。たまにはゆっくりして下さい。
仕事は、俺が屯所に戻ったあかつきに全力で手伝います。
いや、良ければ俺が今から屯所で、副長の代わりに夜中まででも働いてきます」


怖ぇ!!
怖ぇよ、斎藤!!


「男前のお客さん、まだいらっしゃいますよー」
千鶴の声が玄関口から聞こえた。


千鶴!!
千鶴まで俺を売りやがった!!


土方はほんの数日で人が変わったようにふてぶてしくなった二人に青くなった。
「いや!! 悪ぃ!! 考えて、夜出直すからよ!! 」


土方、脱兎。


斎藤は静かに土方を見送り、手付かずのまま残された土方の昼餉の膳を淡々と片付けると、千鶴と客の方へ向かった。
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