◆ 続・妖怪ハンター“S”

□18.疾走乙女の事【5】
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【疾走乙女 22】



自分はこの為に園田一に同席させられたのだと感じたお磯は、
園田一を見た。
「……旦那様。僭越とは存じますが、わたくしもお話させて頂いてよろしいでしょうか」
「ぜひ」
お磯は千鶴へと深く一礼した。
「お許しを頂きまして、申し上げます。
わたくしは三輪家の使用人、お磯と申します。
奥方様。奥方様のこれまでのご苦労、お察し申し上げます」
千鶴は目を見開いてお磯を見た。
名前も立場も顔も知っている。
知ってはいるが、正式に名乗りあった状態では無かったと思い出し、
急いでお磯へと向き直って頭を下げた。
「斎藤の家内、千鶴でございます。お心遣いありがとうございます」
千鶴が頭を上げるのを見届けてからお磯は話し始めた。
「この度の話し合い、一部始終をお聞かせ頂きました身として、
また、姫様、お嬢様という二人の女の子の成長を見てきた者として申し上げます。
奥方様は間違ってはおりません。
女の子が裁縫一つ出来ぬのでしたら、出来るまで努力すべきとわたくしは思っております。
ですから奥方様は間違ってはおりません。
ただ……違う考えをする者が居るだけの事でございます」
「……でも……」
「ええ。わたくしや奥方様とは違う物の見方をする人たちが居るのも事実。
此度はその行き違いによるもの。どちらにも良い点悪い点がございますれば、
わたくしどもも身を引くべき部分がある、それだけの事ではございませんでしょうか」
「…………」
「わたくしにも理解し難い人物が居りますが、能力が高いのは確かでした。
理解し難くとも互いを尊ぶ事は出来るようでございます。
奥方様がご自分を卑下なさる所ではございませぬ。
違いを見極める目と受け入れる度量を持てば良いだけでございます」
「両方……正しい……、という事ですか?」
「左様でございます」
「……私も……」
「女の子が女の子としてのたしなみを身につけるのは当然の事でございます。
しかし型にはまらぬ女の子も多く居ります。
そういった女の子はわたくしには、……恐らく奥方様にも理解出来ないでしょう。
それでも型にはまらぬ女の子には、型にはまらぬ女の子なりの魅力を備えているものだと
わたくしは思っております。
なにせ当家の姫様もお嬢様も、大声を出すわ大きな足音をたてて歩くわ
言葉使いも悪いわでございますが、
お二方の魅力の前ではそんな事は些細な事なのですから」
「酷……。……それに姫様っていうのいい加減やめてくれないかなぁ……。
私もう子持ちのおばさんなんだけど……」
みっちゃんがはずかしそうにぼやいた。
「姫様。人が話している時は茶化すものではありません」
「はーい、すみませーん」
千鶴は少し笑った。
「子育ての際は、必要な事をし、余計な事をしない。
余計な事をし続ければその子なりの魅力を失います。
姫様がかつて、女の子らしく怖がって奥の部屋で大人しくしていたら
当家は傾いておりましたでしょう。
堂々たる凛々しさが当家の姫様の魅力でございます。
理解出来なくとも、必要か余計かを見極める。
それだけでございます」
「お磯さん……」
励まされた千鶴は、さっきとは違う涙を目に溜めた。
「私はやっぱり女の子には女の子らしくして欲しいと思います。
それに、うちではたった一人の女の子です。
でも私がそう思う事と、女の子として生まれた千花にしてあげられる事は別だったんですね。
千花を女の子という型にはめるのではなく、
女の子として生まれた千花の、女の子として至らない部分が魅力になるように助ける事が
私がすべき事だったんですね……」
「奥方様のお考えが正しいか否かはこれからの千花様をご覧になれば分かります。
その度に見極めなければなりません。
型にはまらぬ女の子を授かった以上、奥方様には千花様を理解出来ない事が多いでしょう。
これからは見極めの必要が続く、気の抜けない日々となりましょう。
親にはうじうじと落ち込んでいる暇(いとま)はございません。
子供の成長はとても早いのです。
赤子だった姫様にはもう十歳にもなるお嬢様がいて、
このお嬢様がまた、……」
「お磯っ」
「……コホン」
「……私、女の子が生まれて喜ぶばかりで……。
親としての研鑽が足りなかったみたいです。
女の子に、ではなく、千花に、必要な事、余計な事を見極めたいです。
身の引き締まる思いです。ご教授頂き、本当に、本当にありがとうございます。
励ましと助言を胸に刻みます」
千鶴は心を込めて深く長く頭を下げた。

「わずかでもお力になれましたならば幸いでございます。
女の子へは、母親からしかしてやれない事も多々ございましょう。
奥方様、千花様、共に手を取り合ってのご清栄をお祈り申し上げます」
そう言ってお磯も話を締め括った。

千鶴はさっぱりした明るい顔で斎藤へと笑った。
「女の子だから、が禁止なのが、やっと分かりました」
「そうか」
斎藤は明るい千鶴の顔を見て、口元に笑みを浮かべた。
千鶴は千花へと向いた。
「千花。そのお手紙、母様にくれる? 母様はもう一度よく考えなくてはならないから」
「書き直して渡します」
「ありがとう。お願いね」
「はい」
千花の最低限の要望は通ったようだった。

お磯は様子を見計らい、言った。
「……皆様、お疲れのご様子。お茶をお持ち……、……。
姫様。お茶室へ皆様をご案内してもよろしゅうございますか?」
「全然構わないけど何があるの?」
「千花様はお茶のお手前はお嫌いでは無いご様子。
よろしければ皆様にお振る舞いになっては如何でしょうか。
当家の茶室はもう長く使われておりませぬ故、
いつかどなたか主人を務めて頂けたらと待っておりました」



うっ。



みっちゃんは思わず、失敗した、という顔をした。
みっちゃんを見ていなかった千鶴は嬉しそうに両手を胸元で合わせた。
「素敵なご提案ありがとうございます。母様、千花のお手前を頂いた事無かったわね。
千花、どう?」
「お茶なら大丈夫」
「お磯さん。大変お手間をかけさせてしまいますが、
甘えても宜しいでしょうか」
「用意に少々お時間頂きますので、ごゆるりとお茶室の方へお越し下さいませ」
お磯はチラリとみっちゃんを見てから部屋を出て行った。
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