◆ その他の話

□(幕末)その先【6】
5ページ/5ページ

【その先 30】


**


秋も深まった頃。

局長近藤が伊東某を連れて江戸から戻った。
試衛館時代からの付き合いの幹部たちはこぞってげんなりとした。
また近藤の取り巻きが増えるのだ。
幹部とは言え沖田筆頭に昔からの仲間は危険を背負って街を巡察している。
新選組という名すら無い頃から苦労して大きくしてきた。
しかし新参の伊東は幹部という事で、
巡察がどんなものかも知らずに大きな顔をする。
しかも近藤がこの男を重用するものだから
伊東と共に入隊してきた者も大きな顔をしている、と、
試衛館以来の幹部たちは感じていた。
自然、反感が生まれて反発する。
現場と政略とに挟まれた土方の元には不満の声が集まった。

人が増え、仕事が増え、不満の声が増えれば土方の不機嫌な時間も増える。
不機嫌な人間に近寄りたくないのは誰しも同じで、
幹部たちは土方に何か用がある時、土方に受けの良い斎藤に頼む事が増えた。
どちらの心情も理解出来る斎藤は、その厄介な役割を黙って引き受けていた。

しかし互いに顔を合わせなくなり話す機会が減れば
互いの理解も悪くなる。
反感、反発、不満が増える。
そろそろ風を通した方が良い、と斎藤は感じていた。
いかに土方の受けが良い斎藤でも不機嫌の煽りは喰らう。
本音を言えば、そろそろ永倉、原田たちには自分達で解決策を見つけて欲しい。

そんな頃に蛤御門の変の際の恩賞が降りた。
それまでと同様働きに応じて金額を振り分け
給金に乗せようとしていた土方に、
斎藤はその一部で宴席を設けてはどうかと進言した。
土方は、斎藤から懇親の宴をやろうなどという案が出るとは
思っていなかった。
「……変わったな、お前は」
土方は久しぶりに眉間を開いてしみじみと言った。
「自覚はありません」
「……そういう所は変わらねぇなぁ……」
今度は眉を下げて呆れたように言った。
「すみません」
「……宴席、か。悪くねぇな。だが隊費から出すと
見たくねぇ顔まで見なくちゃならねぇよなぁ……。
近藤さんに多めに割り振って、昔馴染みへの奢りって事にでもするか……」
「…………。」
「そうするとまた伊東がうるさいか……。
山南さんもここん所はツンケンしてるしな……」
「副長の懐、という事にするのは難しいのでしょうか」
「そうするか。自分に増やすのはネコババしてるみてぇで気が重いんだよなぁ……」
どちらを向いてもすっきりする答えが出ない、という事が増えてきている。
難しい顔で土方は考え込んだが、すぐに顔をあげた。
「そうだな。そろそろ毒抜きしねぇとって時期だな。
グダグダ言ってても始まらねぇ。
俺も鬱陶しい事ばっかりでウンザリだったんだ。
派手にやる事にする。助かったぜ斎藤」
気疲れの濃い顔だが笑った土方に、斎藤は少しだけ安堵した。

それからすぐに土方は巡察当番の組の割り振りを調整し、
最近では“試衛館派”などと囁かれるようになった幹部たちだけを連れて
島原へと繰り出した。
気分転換、という事で、千鶴の為に女物の華やかな着物を借り出し
芸妓や酌婦に混ぜこんで更に華を増やした。



……こんな事になるとは……っ。



華やかな着物に着替えた千鶴はいつもの爽やかな笑顔に紅を引き、
女の兆しを乗せて斎藤の横に座っている。
千鶴は大抵自粛して末席を選ぶ。
斎藤も騒がしいのは苦手なので部屋の隅を好む。
千鶴が新選組に馴染んできて、更に三番組にも馴染んでからは、
立っても座っても斎藤のそば、または隣が千鶴のいつもの指定席だ。
土方からの指示も、斎藤や三番組と一緒に居ろと言われる事が多い。
千鶴ももう心得たもので、いつもと何かが違う時にはまず斎藤のそばに控える。
今日も華やかな娘姿で斎藤の横に来たのだった。



……直視出来ん!



急に可愛らしく、そして女らしくなってしまった千鶴に
斎藤は緊張してしまった。
ニコニコと、酌をしようと銚子を持つ手もいつもより可憐に小さく見える。
そんな手で銚子を差し出されるとどうしたら良いか分からなくなった。



慣れておいて良かった!



三番組と飲むようになっていなければ
酌を受ける手が震えたのではないかと思った。

娘姿の千鶴は他の幹部たちからも引っ張りだこで
ろくに座ってもいられない有様だったが、
本人は気にせずニコニコと部屋を歩き回っている。
歩き回っては斎藤の隣に戻ってくる。
この、戻ってくる、という時が面映ゆい。
ひと仕事済ませてきました、という満足顔で自分目指して歩いて来て、
自分などの隣を好んで座り、
お待たせしましたとばかりに酌をしてくれる。
千鶴は小柄なので酌をしようとすればすぐ近くに来る。
そのまま話しかけてくるからいつも以上に距離が近い。
少し動くだけで触れてしまう距離が続く。
淡い兆しが見えた時に抑え込んで見ない事にした思いが、
桜色の特別な形を取り浮かび上がった。



いつも笑いかけてきていた。
いつも駆け寄ってきた。
いつも気遣ってくれていた。
いつも隣で見上げてきていた。
いつも目が俺を探していた。



着飾った姿の向こうにいつもの千鶴が光る。



どうかずっといつものままで、そばに居て欲しい。
そばに居たい。



それが、恋しいという自覚となった。
華やかな娘姿は気にならなくなり、
化粧の向こうのいつもの千鶴の姿を見て
斎藤の顔に小さな笑みが浮かんだ。



あ。斎藤さんが笑った。



千鶴は嬉しくて、頬を桜色に染めて笑った。
その笑顔に斎藤は熱くなった顔を逸らした。
この日斎藤は最後まで、千鶴の娘姿を褒める事が出来なかった。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ