Hey Brother...
□Hey Brother...9
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一線を越えてしまった。
兄はこんなことをしない。
「今まで最高のハンドジョブだった」
タオは再びうつむくようにテーブルを見つめ始めた。
「それにあの長い爪。彼女、いく時あの爪を俺の肩に食いこませるんだ。跡が残ってるかも」
クリスは無性にイライラし、更にタオに顔を近づけた。
「お前は女の子をいかせたことがあるか、タオ?」
クリスはタオの反応を求めていた。
こうしていることに何かしらの意味を与えてほしかった。
タオは視線を上げ、クリスの目をまっすぐ見つめた。
黙ったままだったが、まぶしい光の鞭のような無防備な眼差しは、クリスの頭をのけぞらすには十分だった。
クリスは、全てのことはただのジョークだと言わんばかりに薄笑いを浮かべ、カウンターに置かれたソーダを手にした。
何か言うか謝るか、ごまかすかするべきだったのだろうが何もできなかった。
「夕飯は別々に食べよう」
クリスは、夕食の話がふたりをこの状況から救い出してくれることを願いつつタオに提案した。
「さっき親父からメールが来た。仕事帰りにお前の母さんと飲み行くから、腹減ったら冷蔵庫にある物で適当に何か作れって」
タオが返事をしようともこちらを見ようともしないので、クリスは背を向けてキッチンを出た。
その晩クリスは、部屋にいると時々鼻につく甘い匂いをジェシカの香水だと思っていた。
ところが後になって、それが空気や洗濯物、もしくは自分自身にまとわりついたタオの桃の香りだということに気付いた。
翌朝は普段と変わりなかった。
ふたりは忙しそうに家の中を歩き回っていた。
歯ブラシをくわえながら、またはデオドラントを片手にバスルームを出たり入ったりせわしなかった。
昨晩のできごとは確かに奇妙だったが、多分ふたりともそれを乗り越えたのだとクリスは思った。
多分これが兄弟というものなのだ。
ケンカして、キスして、仲直りして。
ある日クリスは、タオとヒョウが並んで廊下を歩いているのを見かけた。
ヒョウはクリスと同学年の生徒なので10年前から知ってはいるが、親交はほとんどなかった。
小学3年生の時にハロウィンパーティーでスパイダーマンの格好をしていたのは思いだせるが、彼の存在が実際重みを帯びたのは、彼がタオの肩に腕を回し、タオの耳に口を近づけて何かを囁いているのを見たときだった。
クリスが数学の宿題を手伝ってあげる時のように、タオが顔をくしゃっと崩してヒョウに微笑みかけるのを見て、クリスの胸に不穏な怒涛が押し寄せた。
「なあ」
タオとヒョウが通り過ぎる時も、クリスはふたりから目を離さずに隣にいたチェンに話しかけた。
「なんでヒョウがタオと話してるんだ?」
チェンはキョロキョロとあたりを見回して、ようやく後ろを歩くふたりの姿を捕らえた。
「さあ。友達なんじゃない・・・?」
「タオに友達なんていない」
クリスが歩きながら後ろにちらっと目をやると、すでにふたりの姿はなかった。
「今はいるんだよ、きっと。弟のためにも喜んでやれよ」
「喜んでるさ」
クリスはぼそりとつぶやくと、胸の中で育っていく波を膿のように押し出したくて胸をかきむしった。
「もちろん嬉しいさ」
クリスは自分に言い聞かせるようにもう一度つぶやいた。
18歳のクリスのホルモンの働きは、活発な時期を迎えていた。
この年頃の少年にはさほど珍しくないが、彼の趣味のひとつはマスタベーションだった。
ところがタオとハナが引っ越してきてからというもの、ふたりの他人がふいに鍵のないないドアを開けてしまう可能性を考えると、おちおち趣味に没頭することもできなかった。
ドアの外から足音が聞こえてきてはいちいち手を止め、足音が聞こえなくなるまで待たなくてはいけない。
全くリラックスできないのだ。
ほぼ毎朝シャワーを浴びながら行っているが、ベッドに横になって時間を掛けてプロセスを楽しむのは久々だった。
その日の午後、クリスは家にひとりきりだった。
父親とハナは仕事中で、タオは4時間目と5時間目の間の休み時間に彼のとこまでやって来て、放課後課題を仕上げるため居残りをしなくてはいけない、長時間かかりそうなので先帰っててくれと伝えた。
帰りは誰かに送ってもらうと言っていたので、クリスはそれがヒョウなのか訊こうかと思ったが、それは思いとどまってうなずくだけに留めた。
クリスはリラックスしてベッドの上に寝転がり、ジェシカのことを考えながらローションをつけた手をゆっくり上下に動かしていた。
あの時以降、クリスは何度かジェシカを部屋によんで体を触りあっていたが、いつもセックスの手前で終わらせていた。
ジェシカが部屋に来ると、タオは必ず自分の部屋から出ていく。
1時間ほどしてジェシカを見送ってからキッチンの前を通り過ぎると、いつもタオがヘッドフォンをして音楽を聴いているのが見えた。
そしてヘッドフォンからはいつも音がもれていた。
そんなタオの姿を見ると、クリスは決まって罪悪感と戸惑いを覚える。
悪いことをしているわけではない。
羨ましいならタオもセックスフレンドを見つければいいだけの話だ。
クリスはタオのことを頭から追い払い、その代わりランダムな女の子とジェシカのことを考えるよう努めた。
手にほどよくフィットする大きさの乳房を丁寧に揉み、唇を噛みながら背をしならせる彼女を想像した。
クリスは枕に横顔を押し付け、目を閉じて深い呼吸を繰り返した。
ジェシカからブロージョブをしてもらったのは1週間ほど前だ。
彼女はこの部屋のカーペットにひざまずき、ベッドに座るクリスの太ももに爪を食いこませた。
彼女の唇、グロスにねっとり覆われた唇、口内の温かさ。
静かな部屋の中に、湿った音とクリスのうめき声が響いた。
家にひとりきりの時間はまたと無いチャンスなので、できるだけ長くこの過程を続けていたかったが、もう既にクライマックスが近づいていた。
更に呼吸を荒くして目を開けると、少し開けておいたドアの隙間から呆然と立ち尽くしたタオがこちらを見ていた。
クリスと目が合っても、タオは高速でまばたきを繰り返し両手を丸めるだけで、そこから立ち去ろうとしなかった。
目を逸らそうともしなかった。
クリスの頭のどこかで何かがねじれた。
何もかもがいっきにやってきた。
絶望的なほど熱くなった体、すぐそばで自分を見ているタオの存在。
彼のエレクションを口で覆っているのは、いつの間にかジェシカではなくタオになっていた。
義理の弟、タオが・・・ひざまずいてクリスの太ももの間で頭を前後させていた。
ピザの好みを訊いたあの初めての晩と同様、怯えた瞳でクリスを見つめながら。
桃の香りに四方八方から取り囲まれたクリスは、目を固く閉じ、鋭い泣き声をもらしながら絶頂に達した。
それは今まで経験したことのない、全く制御不可能なオーガズムだった。
ふとドアもとを見ると、隙間からは誰もいない廊下が見えるだけだった。
汚れを拭き去って、汗の染みこんだスウェットパンツを脱いでから廊下に出てみると、タオの部屋のドアは固く閉じられていた。