九生

□53
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※45の続き。



 「ん……、」
 小さく呻く声とともに、閉じられた眼瞼がふるりと震える。それと同時に末端である指先もぴくりと動きを見せて。
 ややあってゆっくりと、緩慢な動作で瞼が持ち上がる。中から見えた金色は確かな光を宿していて、彼女が確かに此処に居る≠アとを物語っていた。
 ……そして、彼女が最初に見たのは。
 「───希望…」

 「六華……!」
 「六華さん!!」
 鼓動が彼女の中に収まっていってから直ぐに、彼女の身体にまた新たな変化があった。
 小さく呻いたかと思うと、スティーブンとレオナルドが握る手にも動きがあり、二人は一度視線を合わせたあと、一斉に彼女の顔を覗き見る。
 そして焦がれていた金色が見えたとき、涙すら忘れてしまうほどの衝撃が二人を襲った。
 ───ああ、還ってきた。あの子が、あの人が。
 衝撃は一周回って二人の涙腺を刺激したが、その四つの眼から涙が零れ落ちることはなかった───それよりも速く、三人に向かっていく影があったからだ。
 その影にいち早く気付いたのは、感動に明け暮れていたスティーブンだった。彼は緩んでいた目元を鋭くさせると、前に居たレオナルドの身体を突き飛ばし、自身は蘇ったばかりの彼女を抱きかかえ後ろに飛び退く。
 つい先程まで三人が居た場所に、氷漬けにされていたはずの敵と、その敵の手が変形した刃が地面を抉ったのを視界に入れて漸く、攻撃をされたのだと少年は気付いたが、そんな悠長にしている余裕はない。
 しかし追撃してきた敵の刃は、突き飛ばされた身体をキャッチしてくれた人物……我らがリーダーによって防がれたため、レオナルドが怪我を負うことはなかった。
 「無事かね、レオ」
 「クラウスさん!」
 クラウスに加え、ザップとツェッドも二人を庇うように前に立ち武器を構える。
 敵は弾かれた自身の腕とクラウスを交互に見て、口角を吊り上げていた。
 「……へえ。流石は牙狩りだ。低級じゃ大した時間稼ぎにもならないはずだ」
 「っつーことは、さっきオレらが相手してた血界の眷属(ブラッドブリード)はオメーの差し金か」
 「ご名答」
 敵と仲間のやり取りを耳に入れながらも、レオナルドはある一点を見つめ気が気ではなかった。
 突き飛ばされた自分とは反対方向へ避けたスティーブンと彼女にも、きっと敵の追撃はあったはず。自分を助けてくれた番頭は無事か、生き返ったばかりの彼女がまた怪我をしたりしていないか、それが気掛かりで敵を見越した先の砂塵の奥を見据えていると、肩に置かれていた大きな手が何かを訴えるように力が入った。
 「スティーブンなら大丈夫だ」
 「あっ……」
 クラウスが諭してくれたように、晴れた視界の先に見えたのは大きく聳える氷の壁。それは自分にもあったように敵の攻撃を受けて罅割れているが、その奥にいる二人が無事である姿が厚い氷でぼやけつつも確認できたためひとつ息を吐き出した。
 「よかった……」
 「レオナルド君、彼女は……」
 安堵していると、先程のしっかりとした声色とは打って変わり、心配の色を含んだ声で訊かれる。
 顔を上げればその声の主の視線は自分と同じように氷の壁に注がれていて、眼鏡の奥から覗く緑色は僅かに揺れていた。
 「大丈夫です」
 だから安心させるように、今度は少年が語尾を強くして答える。
 「名前こそ、俺らの知っている六華≠カゃなくなっちゃいましたけど───あの人は、生きています」
 その言葉を聞いたクラウスの揺れていた緑色が、確りとしたものになる。強い意志が込められた緑に見下され満足気に首肯した我がリーダーに、少年も同じように首を縦に振ってみせた。
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