九生

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 「あ、六華さん。そこのシナモンを落としてもらえますか?」
 「にゃ」
 異界都市にも、もちろんスーパーマーケットなるものは存在する。
 組織の調度品などはいつもギルベルトが買い揃えているが、日によっては他のメンバーも彼を手伝って荷物持ちをしたりしている。
そんな買い出しは、ここ最近ギルベルトと黒猫の役目となっていた。
 「次は少し進んだ先にオリーブオイルの瓶がありますから…」
 「大きいほう、でしたよね?」
 「左様でございます」
 買い出しの際、大きなカートを押すギルベルトに対し、黒猫は商品棚の一番上を器用に渡り歩くのが常であった。そして頼まれたものをカートの中に落とすことで、棚の高い―――この店は比較的構造が大きく、商品が陳列している棚なんかも一番上となるとクラウスほどに背が高くないと取れないのだ―――位置にある物も不自由なく買うことが出来る。もちろん直接的にカートに落とすと割れてしまう物もあるため、ギルベルトのキャッチによるワンクッションが欠かせないが。
 「ここの棚は終わりです。次は鮮魚コーナーに行きましょう」
 「!」
 そして商品棚での買い物が終わると、黒猫は軽やかにギルベルトの肩へ着地する。
 「おさかな……今日は何を買うのですか?」
 「ほっほっほ。六華さんは何が良いですか?」
 「んんん…!困ります…っ」
 自分の肩で身悶える黒猫を、執事は微笑ましく見つめる。堂々と会話をしているように見えるが実際はそうではなく、傍目には一人の人間と一匹の猫らしく接している。今のように会話をするのは互いに小さな声で、そうでなくても聴覚の発達している黒猫と読唇術を心得ている執事両名の間では、はっきり声に出さずとも通じ合えることが可能な為、こういった公の場でも黒猫は猫らしく在ることが出来た。
 「…わたしには到底決められません。ミスターがお決めになってください…」
 しばらくの間悩みに悩んでいた黒猫だったが、やがて力尽きたように項垂れる。猫にとっては正直魚であればなんでも良いため、その中からどれか一つを選ぶなんてことは到底出来なかったのである。
 お任せしますお願いしますと甘えるように擦り寄ってくるあたたかさを顔の包帯越しに感じて、いつも柔和な笑みを浮かべているギルベルトの頬が更に緩んだ。残念なことに包帯が邪魔をしてその全貌を拝むことは出来ないが。

 買い物を終え、ヒトの姿になった六華はギルベルトと共に荷物を持ちながら事務所までの道を歩く。
 しかし、今度は堂々と他愛ない会話を交わしていると、いつから狙われていたのかいかにもな連中(異界者)がいかにもな行動(ギルベルトの肩にわざとぶつかり)いかにもな難癖をつけてきた(骨が折れたから慰謝料払えだなんて、タコのような軟体生物が言うのだ)お陰で、その楽しみは中断されてしまった。
 老紳士と女の組み合わせは、どうやら絡まれやすいようだ。
 「いいからさっさと慰謝料出せよ!」
 「ですから、応急処置の方をさせていただいてから…」
 「ンなこと言って出さねーつもりだろクソジジイ!」
 そんな場面でもギルベルトは至って普通通りで、柔和な笑みを崩さずにまずは手当てをさせてほしいと言う。明らかに嘘であるにも関わらず話に乗ってあげるのはただ穏便に済ませたいだけなのだろうが、それに不満があるのは楽しみを取られた女の方で。
 ギルベルトと、彼の胸倉を掴んでいる異界者の間に無理矢理割り込んだ六華は、腰に差していた刀の柄を相手の顎下に押し当てた。
 「申し訳ありません。それくらいにして頂けませんか?」
 「アア?女はすっこんで…」
 「これ以上、変な言いがかりをつけるのであれば今度は下から串刺しにしますがそれでも?」
 そう言う女の顔は、笑っていた。
 しかし薄く開かれた金色は到底笑ってはおらず、加えて彼女から発せられる気配は殺気に満ち満ちている。
 それだけで気圧された異界者に更に顎下の刃物の存在を知らしめれば、全身が赤いその異界者の色がサアッと青に変わったのだった。



 猫は、楽しみを奪われるのをひどく嫌がるのだ。



(全く、いつもいつも邪魔されるのは勘弁してほしいですね)
(ほっほっほ。いつも助けて頂いて有難うございます、六華さん)



【完】
ギルベルトさんとの時間が大好きな黒猫は、彼のボディーガードをしながらもいつも行動を共にする。
いや…ギルベルトさんってたぶん自分のためには喧嘩とかしないんだろうなと思って…いつも買い出しどうしてるんだろうなって…

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