九生

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※アンケートにていただいたネタを使用してます。





 「よーし、やるぞお前らー」
 そんな間延びした掛け声とともに手を叩き、自分に注目を集める番頭の元に居るのは、ザップにツェッド、そして黒猫姿の六華。詳しく言えばクラウスやレオナルドたちといった他のメンバーも居るが、彼らは今回の件に関しては当事者ではないため、被害を被らない場所まで離れての見学である。
 「ったく何で魚類なんかと……」
 「こっちの台詞ですどうして貴方みたいな人と組まなきゃ……」
 「……あの、ミスタ・スターフェイズ?この人選で良かったので?」
 「ん?最高の面子じゃないか」
 案の定、口喧嘩をし始めた兄弟弟子に失笑しつつ事の発案者である隣の男を見上げると、実にいい笑顔返ってきた。
 「それにアイツらなら、君も本気を出せるだろう?」
 「それはまあ、否定しませんが」
 男の問いにそう返せば、相手はそれならなんの問題もないさと片目を瞑ってくる。様になるなあと思いながらも心なしか子どものように楽しそうにしているスティーブンに、黒猫はただ息を吐き出したのだった。

 事の始まりは、黒猫が共闘出来ないという事実が番頭に知れたことだ。
 様々なトラブルや血界の眷属たちとの闘いにおいて、作戦の殆どが仲間との息の合った連携が必要となるライブラでは、戦闘員が共闘出来ないのは少し痛い。それなら単独の作戦の時に自分を使ってくれと進言した黒猫の言葉は即座に却下され、出来ないならば出来るようになればいいというスティーブン、そして話を聞いたクラウス両名の下、今回の共闘訓練に及んだのだ。
 上司二人からの命令、かつ少なからず共闘出来るようにならなければと前向きに考えていた黒猫が、それに乗らない手はない。

 「それにしても、何故あの二人に声掛けを?」
 「不憫な役を担ってもらうには適任じゃないか」
 「聞こえてるッスよスターフェイズさん!」
 ザップがこっちにまで噛み付いてきて、「約束通り、オレらが勝ったら一ヶ月分の昼メシ代奢ってくださいよ!」と黒猫たちに向けて己の紅い武器を構える。
 ―――なるほど。そういう条件で引き受けてくれたのか。
 黒猫が納得するその傍ら、スティーブンは相変わらずクズっぷりを発揮している部下に呆れつつも、了解の言葉を紡ぐ。
 「―――まあ、俺達に勝てたら、の話だけどな?」
 たった一言、たったワンモーション。ポケットに両手を突っ込んで脚を開いただけで、ピリッとその場の空気が一気に変わった。
 これにはザップとツェッド、そしてバディである黒猫でさえも目を見開いて、咄嗟に身構える―――今回は本気でやらないといけないのだと、そう思わされた。
 「じゃあ、ルールの確認をします。まず……」
 場を見計らい、今回の審判役を任されたチェインがその姿を表し、再度ルールを読み上げる。
 その合間、スティーブンは黒猫の名を呼んだ。
 「作戦は、さっき話した通りだ」
 「はい。承知致しました」
 事前に決めていた作戦を頭の中で反芻しながら、黒猫はその場でくるりと一回転をしてーーどんな仕組みか、瞬きの間に抜き身の刀を咥える。
 「フォロー、お願いしますね」
 「そっちこそ。期待してるよ」
 そして準備の整った一人と一匹は互いに目を合わせ、ヒリついた空気の中、微笑みあったのだった。



 開始の合図とともに、特攻をかけたのは黒猫。そしてそれを受けたのは、ザップであった。
 「ハッ!ンなこったろーと思ったぜ!」
 黒猫の刀とザップの血液で出来た刃が交わり、ギリギリと鍔迫り合いが起きる。
 ザップは、最初に黒猫が攻撃してくることを読んでいた。バリバリの近接戦闘を得意とする黒猫に対し、スティーブンはどちらかと言えば後方支援型だ。このふたりが組むとしたら、先手を打とうとする黒猫をスティーブンがフォローするスタイルになるだろう事は、戦闘経験の豊富なザップであればすぐに気が付くことであり。
 また、それに対した作戦をもちろん練っている。
 「魚類!」
 「わかってます!」
 黒猫とザップが対峙し、一人となったスティーブンにツェッドが攻撃を仕掛けていく。風を纏った三叉槍は狙いを定めて突かれるが、その刃はスティーブンに届く前に氷の壁によって防がれてしまった。
 「おお、危ない危ない」
 「(全然危ないと思ってない…!)」
 飄々と言ってのけるスティーブンにツェッドが悔しがり、相手からの攻撃に備えるため一歩後ろへ下がる。
 「それじゃあ、今度はこっちから」
 「……ッ!!」
 その行動は正しく、氷の壁を貫いて新たな氷の槍がツェッド目掛けて突き刺さってくる。それを間一髪で避けつつ、一歩下がっていなければ見事串刺しになっていただろう可能性にゾッとした。

 その一方では、反対に黒猫がザップからの猛攻を防いでいた。
 「オイてめーネコ野郎、やる気あんのか!」
 「やる気ならありますよ。ミスターが攻撃を許してくれないのではないですか」
 自分の攻撃を防ぐだけで全く反撃してこない黒猫に、ザップはイライラとした様子で声を荒らげる。
 確かに、反撃の間を与えないよう連撃を繰り返してはいる。けれどその全てを何なく受け、躱しているその様は余裕綽綽、まるで本気を出していないことを察しているから、余計に腹が立っているのだ。
 「お前のためにやってんだぞこっちは!」
 「嫌なら断れば良かったのでは?」
 「ばっかオメー、一ヶ月タダ飯のチャンスをみすみす逃してたまるか」
 「言ってること矛盾していませんか?」
 なんて言い合いしている間も、一人と一匹の刃は何度も交わり、その度に荒々しい金属音を立てている。そのある種異様な光景に、今回傍観者である義眼保有者はツッコミを入れることも忘れて「すげ…っ」と声を洩らしていた。
 それは、ザップの強さを知り、黒猫の強さを目に見たことがなかったーー邂逅の時も猫は闘っていたが、自分たちが合流してからはその動きを止めたためーー彼だからこその反応であり。
 「あの子やっぱりやるわねえ〜」
 「(トーゼンでしょ)」
 双方の強さを知っている隻眼の彼女と審判を務める人狼は、特に驚くことなく観戦していた。
 「…でも、そうですねえ」
外野の声を耳に入れつつ、黒猫はぼやく。ザップの言っていることは的を射ていて、この特訓は自分のためにライブラのメンバーがわざわさ協力してくれているのだ。いくらスティーブンとの作戦とはいえ、ザップの攻撃を防ぐだけではあまり意味が無いのではないか。そう思えなくもない。
 「現状を見ると、とても共闘とは言えませんね」
 それならば、こちらからも動きましょうか。
 「……ッ!」
 黒猫が何かぼやいたかと思った矢先、相手から感じる気配に圧が加わったのを瞬時に察したザップは、目を見開き黒猫との間合いを取るために後退する。
 「ハッ!何しようとしてんだかわかんねーが、オレが簡単に引っかかるとでも―――」
 跳躍し、着地する直前までの台詞は、ザップの口から最後まで言われることは無かった。
 地面に着地した瞬間足下から感じる冷気と動かなくなった足に「はっ?」と疑問の声をあげるあたり、自分の身に何が起こったのかわかっていないのだろう。
 ザップが恐る恐るといった様子で顔を下に向けると、その脚はいつの間にか、見事に地面と一緒に凍らされていた。
 「マジか…!」
 「驚いている場合ですか?」
 「ッ!?」
 動けなくなったザップに追い打ちをかけるように、黒猫が一気に距離を詰め咥えた刀を上段から振り下ろす。正面からの攻撃だったためかすぐに気がつきそれを防ぐことが出来たザップだったが、その背後、地面から突き出た氷の槍が自分に向いていることを彼はまだ気付けていない。
 そしてその切っ先はザップ目掛けて伸びていき―――途中気がついたザップだったが、動けないばかりか黒猫の攻撃を防ぐのにやっとで身動き取れずーー敢え無く身体に突き刺さると、本人と相方、それに傍観者たちはそう思った。
 「……………、?」
 しかし、氷の槍はザップを貫いたりはしなかった。
 ソレはザップの横を勢い良く通り過ぎただけで、彼に危害を加えることはなかった……それもその筈である。ソレの目的は、彼を傷付けることではなかったのだから。
 「どーなってんだコリャ……」
 「わああああ!!」
 「!?」
 呆然と立ち尽くすザップの耳に悲鳴が届き、我に返った彼が視線を向けた先では、もう全てが終わっていた。

 ザップと黒猫、そしてツェッドとスティーブン両組が闘っていた距離は、互いが邪魔にならないようにと―――これはザップたちの作戦だった。果たして共闘の訓練と言えるかは置いておくとしてーー大分離れた位置だった。それ故、それぞれが互いの闘いに干渉出来ないよう、出来たとしてもその場に辿り着くのに時間がかかるようになっている。
 しかし、どういうことだろうか。
 つい先程までザップに攻撃をしていたはずの黒猫が、瞬く間にツェッドとスティーブンの元に居て、今回における敵を捕食しようとしていたのだ。
 過去のトラウマから、黒猫に襲われたツェッドは驚いたのと怯んだのと。自分目掛けて文字通り飛んできた猫を顔面で受け止め、その勢いのまま碌に受け身も取れないまま背中から倒れ込んだのである。
 勝負のルールとして、負けの条件とは地に伏せること≠ニ設定していたため、ツェッドはここで負けとなった。
 残ったザップも、脚を凍らされ身動きの取れない状態。というかそもそも今回の目的は共闘≠ナあるため、実質勝者はスティーブンと黒猫のコンビとなったわけだ。
 「お前らが無駄な張り合いをして闘いを二分しなければ、結果は変わったかもな」
 今回の講評をスティーブン自ら、ザップたちに諭すように言えば、ザップは解放された脚を摩りながら不貞腐れたようにそっぽを向く。
 「だからってあんなの、反則だろ……出現した氷の上に乗って移動するとか」
 キントーウンに乗った孫悟空かよ、と某ジャパニメーションを例えに挙げるザップにスティーブンや合流したクラウスなどは首を傾げるが、義眼の少年や二人の息子を持つ母は同意するように頷いている。
 日本出身である黒猫は、ザップの口からちょいちょい母国の物が出てくるたびに、よっぽど日本のこと好きなんだろうなと思う程度である。
 そんな余談はさておき。
 「僕もそんな事思いつきもしなかったんだけどね。猫の姿なら乗れるかもしれない、って六華が」
 「思いついてもやろうとしねーよ普通…」
 スティーブンの攻撃技である絶対零度の槍≠フ氷に乗り込むことでその突進力を利用し、一瞬にして相手の懐に入り込む。万が一の場合自分が氷に貫かれる可能性すらあるその案を、思いつきこそすれ実行するなんてよっぽどの命知らずだろう。
 そう思い、呆れた眼差しでザップが黒猫を見遣るが、当の本人は実にあっけらかんとしていた。
 「ミスタ・スターフェイズならわたしの期待に応えてくれると、信じていますから」
 K・Kの腕に収まる黒猫は、どこか得意気に言ってのける。
 その言葉と、猫の姿でも十分にわかる笑顔に、スティーブンは人知れず崩れ落ちてしまうような悶絶が表面に出ないよう必死にポーカーフェイスを努めるのだった。

 斯くして、黒猫が皆とともに任務を遂行する日も遠くないことがわかった日となった。



 「でもよくあんな面白い作戦思いついたわねえ」
 「以前、ミスターから攻撃を受けた時に思ったのです。あの速さをうまく使えたらって……」
 「………………へえ?」
 「(ヤバイ撃ち殺される)」



【完】
ツェッドのトラウマ話は37話
黒猫がスティーブンから攻撃を受けた話は34話
過去に起きたことはちゃんと繋がってるんだよってことを言いたかった。
しかし戦闘の描写はむずかしい。そしてスティーブンの話かと言われると……。

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