九生

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※35(35.5)の続き。



 『あの子きっと、一人で闘いに行ったんだわ』
 それほど、先程の彼女はいつもと様子が違っていたのだという。
 『…アンタにもっと早く、言うべきだったのかもしれないわね』
 そう、当時の自分の決断を舌打ちと共に嘆いたK・Kは、少しの間沈黙する。その沈黙は端末のスピーカーをオンにしている車内も一緒で、クラウス、スティーブン、ギルベルトの三人は静かに、彼女の言葉を待った。

 やがて聞こえてきたのは、黒猫が以前飼われていたときの主人の話。
 黒猫がこれまでの生涯の中で唯一愛し、そしてその手に掛けた、男の話。
 K・Kもそこまで詳しく知っている訳ではなかったが、本題の序章として聞かせておくべきだと判断した彼女は、自分が知りうる限り、その男の話を三人に聞かせた。

 「……」
 「K・K。その男性と今回の血界の眷属(ブラッドブリード)に、何か関係が…?」
 話を聞き言葉を失っているスティーブンに代わって、リーダーがスピーカー越しにK・Kにそう尋ねる。その事に特別驚きもしない彼女は、一度言葉を切り、そして再び話し出す。
 『……あの時の、オークション会場に居たそうよ。その男』
 その言葉に、スティーブンの記憶の中で漸くつながったものがあった。
 “九生の猫”である六華が、自らを囮としてオークションの商品としてあげられたあの事件。金額を跳ね上げる自分に動じることなく張り合ってきた、一人の仮面の男が居た。あの煙に包まれた喧噪の中、黒猫の拘束を解き昔の名を呼んだ男が居た。
 ―――ありゃ、恋だな。
 その後、様子の可笑しかった黒猫を見てザップが言ったその一言は、正しかったという訳だ。
 「何……しかし先程の話では、彼女が手に掛けたと」
 『ええ、そうよ。その通りなのクラっち。現にあの子だってこの三百年近く…あの瞬間まで、そう思っていたの』
 「それが生きていて、再び六華の前に現れたって?」
 狼狽するクラウスとそれを諭すK・Kの声に交じり、第三者の男の声が嫌にその場に響く。まるで温度の感じられない声色にクラウスが隣に座る男へ視線を遣って―――思わず息を呑んだ。
 男は、わらっていた。
 長い足を組み、優雅に窓枠に頬杖をつき、垂れ下がった目元を細めて、口角は上に吊り上げられていた。
 しかしその細められた目元から覗く赤い瞳に光は無く、逸らされることなく端末へと注がれている。何より、男から漏れ出している気配の冷たさといったら。あのクラウスが息を呑み、背筋を冷たいものが伝っていくほどのものであり、電波を通じた先に居るはずのK・Kにも、その冷たさは伝わっていた。
 敢えて言おう。怒髪天である。
 「泣ける話じゃあないか。自分のことを殺した相手に、三百年経った今会いに来るなんて。一途……いや、凄い執着心だ」
 「す、スティーブン」
 「それで何かい?そのストーカーじみた死にぞこないのモンスターに、六華は一人で会いに行ったのか。何のために?」
 饒舌に話すスティーブンに制止を掛けようとクラウスが名を呼ぶも、その声は本人には聴こえていないようで男の口が止まることはなく。クラウスたちも、男の言った一つのキーワードに驚きと確信と……思考を巡らせていた。
 “モンスター”。その言葉が何を指す単語なのか、話を聞いている三人はすぐに気が付いた。
 それは六華から話を聞いていたK・Kも、そのK・Kから話を聞いたクラウスとギルベルトも、そして六華自身も。可能性の一つとして頭に浮かんだそれを、それでもそんなはずはないと、否定してきたその事実を。この男は堂々と言ってのけたのだ。
 六華が愛した男は、人間ではないと。
 「もしかして、短命な僕たちのことはもう必要ではなくなったのかな?妬けちゃうなあ」
 「それは…」
 『…アンタそれ、本気で言ってんの』
 あまり聞いていて楽しいものではないスティーブンの言葉は、見事にK・Kの琴線に触れる。いつもであればこの二人がいがみ合う時はK・Kの一方的であることが多くスティーブンは苦い笑みを浮かべていることの方が多いのだが、今日ばかりは直接顔を突き合わせていない所為かそれともスティーブンの方がマジギレしているからか、どちらも引きそうにないその殺伐とした雰囲気に、クラウスは一人おろおろとしているしかなかった。
 『アタシはあの子がそんな風に言われるために、さっきのことを話した訳じゃないわよ』
 「たとえ猫であれ人であれ、自分が愛していた奴が居たら会いたくなるんじゃないのか?オンナノコってのは」
 『仮にそうだとしても、今はそんなことを言ってる状況じゃないのはわかってるわよねスカーフェイス?』
 そもそもアタシは、アンタがあの子にしたことを許した覚えはないんだけど?
 今まで何とか言われずにいた事を突かれてしまい、流石のスティーブンもぐっと言葉を詰まらせる。そもそも先程まで、自分がクラウスに吐き出していたように彼女もK・Kにあの事を相談していたのだろう。K・Kが知っているのはもはや当然で、そしてそれを知った彼女が黙ってないだろうことは、もうわかりきっていたことだ。
 ―――鉛弾の一発でも覚悟していたが、今のタイミングはバッドだな…。
 しかし、憤慨していた感情にほんの少しの余裕が出てきたのは間違いなかった。
 『アンタのやったことも大概よ。ほんと、ブラッドブリードの前にアンタのことぶち殺してやりたいわ』
 「ははは。どうせなら一発で仕留めてくれよ」
 『フザケンナ。……あーもう、何であの子はこんな奴のこと…』
 余裕が出てきたからこそ、K・Kのそんなぼやきもすんなりと耳に入ってくることが出来て。細めていた目を丸くさせてどういうことか問えば、端末の向こうの彼女は盛大な舌打ちをした。
 『”ミスター・スターフェイズとのことは、もう少しだけ待っていてもらえませんか”』
 「え、」
 『”全てが終わってからゆっくりと、怖いけど、逃げずに考えたいので”。……って、あの子が言ってたのよ』
 そんなことを言ったあの子が、アタシたちを裏切るなんて有り得ないじゃない!どこか不貞腐れた声色で六華の言葉を真似たK・Kのそれに、今度こそスティーブンの目がより大きく開かれた。
 『……全てを終わらせるつもりなのよ、あの子。あの男と直接会って、過去のこととか、想いとか、そういうものを全て終わらせて次に行くために、あの子は一人で行ったのよ』
 アタシたちを巻き込まない為に。悔しそうに吐き出されたK・Kの声はそこで止んで、再び車内には沈黙が下りる。
 聞こえるのは車のエンジンの音と、その車が風を切る音のみで、あとは何も耳には入ってこない。……はずなのに。
 スティーブンの脳内では六華の姿が浮かび、あのメゾソプラノが、優しく響いていた。

 「―――、」
 無意識的に、スティーブンは自身の胸元をネクタイの上からぎゅっと掴む。クラウスは彼の行動に首を傾げたものの、視線を上げた先、見えた男の表情にそっと安堵した。
 「……あの子は、六華だ。”コノハ”なんて名前じゃない」
 「コノハ…?」
 「…あの子のことを、あの会場でそう呼んでる奴が居た。十中八九、あの男が今回騒いでいるブラッドブリードだろう……六華は、そいつのところに向かったんだな?」
 『正確ではないけど、今の騒ぎがある方角へ行ったのは確かよ』
 「よし。それならもうザップたちと合流している可能性が高い。あの子には悪いが……一人で闘わせるわけにはいかない」
 昔の男にあの子の存在を奪われることも、命を奪われることも、ごめん被りたいからね。
 そう仲間たちに告げる男の顔はもうすっかりいつもの、ライブラの副官のもので。てきぱきと確認、指示を飛ばす男にクラウスもギルベルトも、端末越しでもそれに気付いたK・Kも表情をいくらか緩め―――そして目の前の敵に集中するように切り替えた。



(伝えたいことも、聴きたいことも。たくさんたくさんあるんだ)



 しかし。
 「…!?どういうことだ…!?」
 彼らが向かった先に、確かにブラッドブリードと闘う仲間の姿はあったけれど。
 そこに、黒猫の姿は無かった。



【続】
進まない…

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