九生

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※アンケートにて提供していただいたネタを使用。



 九生の猫・六華が初めてヒトの姿になった時。一番驚いたのは、恐らく音速猿だろう。
 通常でも大きな目をこれでもかというほど見開き、六華にじりじり近付き匂いを嗅いだと思えば吃驚したように目にも止まらぬ速さでレオナルドの背に隠れてしまった―――恐らく、ヒト型から黒猫と同じ匂いがしたことに動揺したのだろう―――ところを見て、組織のメンバーはもちろん、当人である六華でさえその姿が面白くも愛らしいと微笑み合ったものである。
 さて。そんな初対面を果たしてから幾日経った今。音速猿と六華はといえば。
 「や〜…なんていうか、清々しいくらいにベッタベタっすね〜」
 「何だか…申し訳ありませんミスター……」
 「いやいや、謝ることじゃないっすよ六華さん」
 ソファに対面して座るレオナルドの向かい、そこにはヒトの姿の六華と、彼女の膝の上で満足気にだらけるソニックが居た。
 「ミスターとソニックは最早二人で一人のような……こう、セット感があるというのに」
 「猫でもそんな事思うんすね」
 見当違いにもほどがある謝罪の理由に気にすることはないのにと思う傍らで、レオナルドの脳内では女性の膝の上に堂々と乗ることが出来るのは幼い子供と動物の特権だなと半ば場違いな事を思い、ソニックのことが少しだけ羨ましいと思っていた。
 そんなこととても口に出して言えたものじゃないが、とにかくレオナルドが言いたいのは、六華が落ち込む理由はどこにもないということである。
 しかし、申し訳なさそうにしているその反面で。彼女の片手は小さな音速猿の身体をやさしく包み込み、もう片方の手ではゆったりとその頭を撫でている。極めつけは自分の膝元に居る相手を見下ろすその表情が、慈しむような微笑ましいような甘やかなものであることから、そこまで悪いとは思っていないのだろう。
 K・Kと黒猫が戯れているのもとても画になっていたが、六華とソニックが共にいる光景を見るのも微笑ましく、これもまた違う印象で画になる。レオナルドはそう思い、無意識に頬が緩んでいたことに気が付いた。
 そこへ、新たな人物が二人と一匹の元へ近付いていく。
 「ヒトの姿で、ソニックの言ってることはわかるんすか?」
 「ええ。わたしの外見が違うというだけですので……」
 その人物こそ、彼女が今回ヒトの姿になっている理由であり、本来自分がやるべき事を思い出した六華は会話を不自然に途切れさせ背後を見遣る。それとほぼ同時に彼女が背を預けているソファの背に新たな重みが加わり、その重みの要因―――そこに頬杖をついたスティーブンが、書類を片手に女の顔を覗き込んだ。
 「申し訳ありません、ミスター・スターフェイズ」
 「謝ることはないよ。休憩してくれって言ったのは僕の方だし」
 「では、何か不備が……?」
 てっきりレオナルドとの雑談を咎められるのかと思えばそうではないらしく、それならばその手に持つ書類に何か間違いがあったのかと問うが、それにも男は首を横に振るだけ。
 いよいよわからない、と彼女にしては珍しく怪訝な顔になると、それを見たスティーブンが軽く噴出し「僕も休憩しようと思ってね」と白状した。
 レオナルドが彼をよくよく見ると、笑みを浮かべているその顔には疲れが窺える。今回はまだ徹夜をしていないと思ったが、抱えている書類の中には厄介なものが含まれているのだろう。このままスティーブン一人で書類を片付けていたら、きっと完徹は免れない。だからこその六華の起用があったのだなと、今更ながらに思った。
 「そうでしたか。それではわたしはそろそろ……」
 スティーブンが休むのなら自分は休憩から上がり手伝いの続きをしよう、そう重い腰を上げようとする六華に待ったをかけたのは、当の本人であるスティーブンと彼女の膝上で寛いでいたソニックだった。
 「いや、君もそのままで」
 「しかし……」
 「んー…じゃあここで、この書類をチェックしてくれないか?たっぷり 時間を かけて」
 ソファを回り込み六華の隣に腰掛けつつ、手に持っていた数枚の紙を彼女に差し出す。悩む素振りを見せこそすれ、ちゃっかり紙の束を持ってきていた辺り最初からこうするつもりだったことは明白で、それに気付かないほど鈍くはない六華だったがそれでスティーブンが休めるのならと諦めるほかにこの口論の終わりは見えそうになかった。
 「……貴方が、それで良いのなら」
 それに、せっかく夢うつつだったソニックから離れるのも申し訳ない気がするし。と脳内で自己完結をした六華は、自分の膝上で「行かないで」という風に見上げてくる音速猿の頭をひと撫でしては、スティーブンから紙の束を受け取ったのだった。



(六華さん、モテモテだなあ〜)



 「さて、それじゃあ僕も失礼しようかな」
 「? 何を……」
 書類を受け取りさあ読みだそうとしたところでスティーブンのそんな声が聴こえて、六華が問おうと顔を上げると同時に、太腿に加わる新たな重みに目を丸くする。気が付けば自分の視界より低い位置にスティーブンの顔があり、いつもは上から見下ろしてくる視線が今は下にある。その穏やかな眼差しと六華のきょとんとした視線がばっちり合い、互いに逸らせずにいた。
 簡単に言うと、六華がスティーブンに膝枕をしている状態である。
 「……随分、お疲れのようですね」
 「そうかもしれない」
 きっと六華は、スティーブンが何を思って自分の膝に頭を乗せているのかわかってはいないだろう。疲れていて、横になりたくて、枕が欲しくて、手ごろなものが丁度あったから。なんて本気で考えていそうだ。
 しかしそれでもいいと、スティーブンは思う。何もわからなくても、全て知っていたとしても、結局拒まれることはなかったのだから。
 「それならば、わたしがこの書類を読み終わるまで。どうかゆっくりお休みください」
 それどころか緩く、スティーブンの癖のある髪の毛に触れてきてくれる。その意味が何であったとしても、今はまだこのままでいいと思うのだ。
 「ああ。ありがとう」
 二人の間に流れる、おだやかなあまい雰囲気。
 それに割り込めるものは何も―――
 「キキッ!!」
 「いたっ!?」
 ―――恐らく、この音速猿のみだろう。ついでに、こんなにも容易く超人秘密結社の番頭に攻撃を加えることが出来るのは、とも言っておく。
 ソニックはキィキィ鳴きながら、スティーブンの額をその小さな手で懸命に叩きつけている。それや第三者から見ていればいっそ可愛らしいやり取りに見えなくもないが、当の本人達は至って真剣だ。ソニックは真剣に怒っているし、スティーブンは真剣に戸惑っていた―――この際、痛さはまるでない。
 「……えーと、話を戻してもいいっすか?六華さん」
 自分の顔の下で突如始まってしまった攻防に、口も挟めずどうすればいいか悩んでいた六華に、スティーブンが来てから心なしか空気となっていたレオナルドが「今ちょうどいいんで」と一人と一匹を指差す。
 「ソニックが今鳴いてるのは、スティーブンさんに対して何か言ってるってことっすか?」
 「あ、はい。まあ端的に言えば『リッカのここは僕専用なんだ!』とか『ニンゲンが乗ったら重いだろ!』とか……」
 「強ぇー…ソニック超強ェェェー……」
 「ちょっ、二人とも呑気すぎないか!?」

 このあと、ついにはマウントを取ったソニックを何とかスティーブンから引き剥がし。
 「今回はこちらで我慢してください、ミスター……」
 「ああ、構わないよ……」
 今回はスティーブンが折れるということで話はまとまり、ソニックは先程までと同じ膝の上、スティーブンは六華の肩に寄りかかることで落ち着いた。
 「それにしても、君は随分とモテるねえ」
 「ふふ、そんなことは。ミスターには及びませんよ」
 さっきのようなやわらかい感触を堪能するのもいいが、正当な理由でぐんと近くなったその横顔を見ているのも悪くない。
 時折書類の内容を確かめる際に六華が振り向いてくれれば二人の顔は触れてしまいそうなほどで……明らかに喜色が滲んでいる顔を見て、これではどちらが譲歩したのかわからない程である。
 ―――いや、六華さんに触れてればどこでもいいんだろうなあ、この人。
 レオナルドはそうごちて、一人の女に寄りつく男とオスの雰囲気を糖分にして彼女が淹れてくれたコーヒーを喉に流し込んだのだった。



【完】
ソニックのお話なのになんかでしゃばってきた…

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