九生

□22
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※今回の話は、流血、グロテスクな表現があります。
苦手な方はご注意ください。



 男がテラスから戻ると、そこには先に戻っていたはずの妻の姿がなかった。
 他の招待客に訊いても、飲み物を運ぶボーイに訊いても、誰も彼女の姿を見ていないという。
 「…どこに行ったんだ?」
 会場中を見渡し彼女を捜す男の顔は、仮面を着けていてもわかるほどに焦りが浮かんでいる。
 ―――そんな男の”演技”にまんまと騙され、計画通りだと口元を歪める男たちがいた。

 元々の二人に課せられていた作戦は、”オークション会場に潜入し、”商品”とされている拉致被害者たちの状態確認、そしてクラウスたちが来てからの被害者の保護”が主だったものである。
 それを元に六華が立てた新たな作戦は、”自分が囮として敵に捕まり、実際に競売にかけられる。その間スティーブンはクラウスたちの到着を待ちつつ、何とかする”という実にざっくりとしたものであった。
 『何とかっていうのは?』
 『状況によって、その時最適な事をしていただければ。ただし、一つだけお願いがあります』
 『お願い?』
 『ミスター・クラウスたちが到着するまで、この会場から出ないでください』
 六華の”お願い”に、スティーブンはほんの僅かだけ眉を顰める。
 ―――本当は、別室で待機しているらしい武装集団を先に片付けようと思ってたんだけど。
 武器の無い彼女は、今戦えない状況にある。それならば彼女の身に危険が及びそうなところから消していこうと密かに思っていた。
 しかし、当の本人に釘を刺されてしまった。スティーブンは異議を唱えようとしたが、それでは二手に分かれる意味がないということに気が付き、渋々ながらも六華のお願いを聞くことにした。
 今から彼女は、危険を冒して敵の内部に入ろうとしているのだ。その邪魔になるようなことをするのは得策ではないし、何より自分がそんなことをしようものなら、会場に紛れている敵の攻撃の矛先は他の招待客に向くだろう。
 自分が外側―――招待客の中に混ざっていることで、出来ることがある。それならば自分はそれに徹しようじゃないか。
 それに六華も、捕らえられはするものの競売にかけられる身。みすみす大切な”商品”にキズをつけるような真似は敵もしないだろう。
 そう自分に言い聞かせ、スティーブンは六華の作戦に乗ったのだった。
 ―――もし六華にキズをつけるようなことがあれば、遠慮なく凍らせる。そう決意しながら。

 そして、テラスでスティーブンと別れた六華は。
 「オラッ、大人しくしろこのクソ猫が!よくもオマエ…仲間をやってくれたな…!!」
 隙を突かれ、ボーイに押さえ付けられながら会場を出たあと、別室に連れてこられる。
 が、その途中で猫の姿に戻りボーイを伸したあと、そのまま自分の足で入れられそうになっていた部屋とは別の―――例の武装集団がいる部屋へと単身で乗り込み、ただ一人を残して集団を壊滅させて。
 その残った一人に、”予定通り”捕まっていた。
 武器の無い彼女は、今戦えない状況にある。それはスティーブンの間違いであった。
 彼が勘違いしてしまうのもわかる。だって武器として持ち歩いていた日本刀はクラウスに預けてあるし、六華の”血”は血界の眷属にしか効果が無いのだから。
 しかし彼女には―――”黒猫”にはまだ、武器があった。
 それは、”普通の猫”が相手に攻撃をする時に使用する物と同じ、鋭く尖った爪や牙などといった”身体の一部”である。現にこれらは六華が猫として産まれた時から備わっているもので、当然だがどんな武器よりも相性は抜群に良い。
 だからこそ、人数がどれだけ多かろうが相手が武装していようが、六華は敵の集団を壊滅状態にまで持っていくことが出来たのである。
 敵の数が残り一人になったところで動きを止め、体力の限界とでもいうように地濡れの床に倒れることで、漸く捕まるところまで漕ぎ付けたのであった。
 「傷付けずに生け捕りにしろって命令がなけりゃ、今頃嬲り殺してやってるところだ…!!」
 新たな作戦の内容をスティーブンに伝える時、六華は敢えて武器のことと”自分が武装集団と戦う”ことは言わなかった。
 真っ先に反対されると思っていたし、そうでなくても、きっと一緒に戦うと言うだろうことは容易に想像できたからだ。
 だからこそ六華は二手に分かれる案を出し、スティーブンに会場から出ないように釘を刺し、こうして単独で敵の内部に乗り込んだのである。
 ……今まで独りで戦うことしかしてこなかった黒猫の戦い方は、共闘するには些か不向きなところがある。
 それは、この部屋の凄惨さが物語っていた。

 「―――なかなか部屋に来ないと思えば。こんなところで遊んでいたのかい?」
 手足を拘束され、更には口に布を巻かれ身動きの取れない黒猫の垂れた耳に、部屋の惨状に似つかわしくない静かな声が届く。
 第三者であるその声の主―――この武装集団を雇い、ライブラが追っていた人身売買をしていた組織の首謀者でもあるこの男―――は、黒猫の姿を見て、唯一仮面で隠れていない口元を大きく歪ませた。
 「怪我はしていないかい?」
 「そいつはムキズでしょーよ。この部屋中の血だって全部仲間のだし」
 この猫の所為でな。雇い主に対し不遜な態度で代わりに答える残党だったが、それが耳に入らないとでも言うように、男は黒猫を見たまま。
 その視線に含まれた感情の全てをすべて読み取ることは出来ない。が、嫌悪を感じるには十分過ぎるほどのそれに、黒猫は心中で舌打ちした。
 そんな猫に気付いているのかいないのか、男は服が汚れることも厭わずに膝を床につけた。
 「ああ、可哀想に。こんなに汚れてしまって」
 「つーか、この猫一体何なんすか?ただの猫がオレたち相手にここまで戦えるなんて普通じゃないでしょ」
 「これでは”あのお方”に見初めてもらえない。早く綺麗にしないとね」
 「!」
 ―――あのお方…?
 二人の噛み合っていない会話の中に引っかかる単語があった黒猫は、仮面の男を見上げる。
 しかし男は先程と同じ笑みを浮かべるだけで、そこからは不快以外のものを読み取ることは出来なかった。



(短い間だけどよろしくね。”Ms. Cash cow”(金のなる木ちゃん))



 「…おいアンタ!さっきからヒトのこと無視してんじゃ…!」
 ここに現れてから今までずっと自分の言動―――むしろ存在自体と言った方がいい―――を蔑ろにされていた残党が、痺れを切らし男の肩を掴もうとする。
 しかしそれは男から連続で発せられた銃声により、男に向かって伸ばされていた腕は相手に届くことなく、その身体と共に血濡れの床に沈んだ。
 「……五月蠅い。私の邪魔をすることは契約にはなかった筈だがね」
 予想外の仲間割れに、黒猫も流石に金色を丸く開いて驚く。
 「―――ああ、でもこれで私の大好きな金を君たちのようなゴミ屑に渡す必要がなくなった訳だ。その点については礼を言おうか」
 男はそう言い放ち、未だ硝煙の上がる銃口を先程まで生きていた残党に向け、既にこと切れている身体にもう数発、無慈悲に撃ち込んだ。

 「―――さて。これで、君の価値を知りもしないゴミの処理は終わった」
 銃弾が無くなるまで発砲したのだろう、やがてガチンッと不発音が鳴ったところで銃を投げ捨て、男は黒猫に向き直る。
 「人語を話せるんだろう?声を聞かせておくれ、”九生の猫”よ」
 そして黒猫の口に巻かれていた布を存外優しい手つきで外しそう促す。
 その男の足下には、小さく砕け散った肉塊と、赤黒い血の海。
 ―――厄介な相手に当たってしまいましたね。
 黒猫は心の中で溜め息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
 「…わたしが、ヒトのことを言えた義理ではないですけれど。貴方もなかなかに最低ですね」
 「褒め言葉として受け取っておくよ」
 しかし今までのやり取りから、既に活路は見出せている。

 ―――任務も漸く、佳境へと入っていく。



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突然のぐろ表現申し訳ないです。モブ犯人こんなに活躍させるつもりはな か っ た のに 。

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