九生

□06
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その日、黒猫はライブラメンバーの一人、K・Kの自宅に来ていた。
「お初お目にかかります、ミスター・ユキトシ」
ただしいつもと違うところは、猫の姿ではなくヒトの姿になっているところで。
「ミセス・K・Kの所属する組織に新しく入りました、六華と申します」
恭しく頭を下げた彼女を、K・Kの夫であるユキトシは暖かく迎え入れた。

「妻から君の話を聞いていてね。まさかこの街で僕と同じ日本人に会えるなんて思いもしなかったよ」
「わたしも、ミセスに聞いたときは随分と驚きました」
お会いできて光栄です。そう言い律儀に一礼する彼女に対し、「僕の方こそ」と返しながらつられるようにお辞儀をする自分の夫。
ジャパニーズ二人が揃うとこんな風なのかと面白がりながら、K・Kは向かい合う二人の様子を観察していた。
―――リッカに、無理を言っちゃったかと思ったけど。楽しそうで良かったわ。
新しく仲間が加わったこと、その子がジャパニーズだということを―――勿論、猫だということは伏せて―――話した時に夫が発した「同郷同士、ぜひ会ってみたいね」の言葉を聞いた妻が、その願いを叶えるべくバイクを飛ばしライブラの事務所へ訪れたのが二日前のこと。
K・Kが事務所に行くことはそうそう無く、珍しがるメンバーには目もくれずに猫用ベッドで眠っていた黒猫を起こし頼み込んだのだった。
『お願いリッカっち!ウチの旦那に会って!』
『ええ。構いませんよ、ミセス』
事情を説明すると、睡眠を邪魔されたにも関わらず優しい声色で快諾してくれた黒猫に抱き着きながらお礼を言うK・Kに待ったをかけたのは、遠巻きに話を聞いていた一人、スティーブンで。
『ちょっと落ち着けK・K。いくら君の旦那でも、喋る猫と会わせるのはどうかと思うぞ』
『あんたのせいで嫌ってくらい落ち着いたわ腹黒男。そんなの言われなくてもわかってるわよ』
『それは良かった。じゃあどうするん…』
『リッカっちに、ヒトの姿になってもらえばいいだけのハナシでしょ』
声をかけられたのが気に喰わないとでもいった彼女が放った、自分の言葉を遮るようにして言われた言葉に、スティーブンだけでなくその場にいた―――K・Kと黒猫を除く―――全員の目が丸く見開かれる。
それには勿論理由があるのだが、それを知らない彼女は周りの空気を気にすることなく、もう一度猫の顔を覗き込む。
『旦那には”ジャパニーズの女の子が新しく入った”って言っちゃってさあ。だからヒトの姿に変身してほしいんだけど、良いわよね?』
『け、K・K…!待っ、』
『ええ。大丈夫です』
『『『えっ』』』
黒猫がヒトの姿になるには、他人とのキスが必要。初めの頃こそ下心満載でザップが詰め寄っていたが、頑なに拒む猫の姿勢から、キスはおろか誰も黒猫がヒトの姿になったところを直に見たことがなかった。
きっと何かしら理由があって、ヒトの姿になりたくないのだろう。そう思っていたからこそ、あっさりとK・Kの頼みを聞き入れた猫に驚きを隠せなかったのだ。
とはいえ、滅多に事務所に来ないK・Kがそれを知らないのは当然のことで。だからこそ、どうしてこいつらがこんなにも驚いているのか理解できるはずもなかった。
『?何よ、みんなでヘンな顔して』
『いや、その…』
『それで、いつ伺えばよろしいですか?』
『ああ、旦那の仕事が休みの時がいいから、二日後にお願いできる?迎えにくるから』
『わかりました。楽しみにしていますね』
にっこり。猫の姿でもわかるほどの笑顔を浮かべ快く承諾してくれた黒猫に、K・Kは再び抱き着く。
その一人と一匹の様子を、周囲の男たちは訊きたいことがたくさんあるものの、ただ見ていることしか出来なかった。

そうして本日、予告通り迎えに来たK・Kに連れられ、今に至るわけなのだが。
―――いやーそれにしても、あん時のあいつらの驚いた顔ったら無かったわね。
事務所を出る前、K・Kとのキスによって彼らの前でヒトの姿になった黒猫を、呆けた顔で見ていた男たちの姿を思い出し小さく噴き出すK・K。
その様子を見て、六華とユキトシは顔を見合わせ首を傾げたのだった。



(ところで六華さん、夕食はぜひウチで食べていってください)
(ユキトシのご飯めっっちゃくちゃ美味しいのよ!)
(ふふ、それじゃあお言葉に甘えて)



「ちょっと…アタシはあんた以外を寄越してってクラっちに頼んだんだけど」
「おいおい、そんなに毛嫌いするなよK・K。たかが迎えじゃないか、誰だっていいだろう?」
玄関先での攻防の結果は如何に。



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