九生

□03
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「ミス・皇。ちょっとよろしいですか?」
スティーブンに次の案件の資料を渡し、今後の計画を二人で軽く話し終えた頃。下から控えめに声をかけられたチェインは、自身の足元に佇む黒猫の前にしゃがみ込んだ。
「どうしたの、リッカ」
「お忙しいところ申し訳ありません。実はお願いがあるのですが」
「お願い?」
「これなのですが……」
首を傾げるチェインに言い難そうに言葉を区切った黒猫は、どこから取り出したのかひとつの端末をチェインの前に置いた。
「先日、ミスター・スターフェイズから持っておくようにとこれを戴いたのですが、何分人生の大半を猫として過ごしてきたので…このような機械を持ったことがないのです」
よろしければ、使い方を教えていただけないでしょうか?
そう言って頭を垂れる黒猫からは、申し訳なさと不甲斐無さと、恥ずかしさが垣間見える。
小さな身体全部を使って”しゅん”としているその姿は、不謹慎かもしれないが愛らしく庇護欲を掻き立てられるもので……
それを眼前で見たチェインと、自身の名前が聴こえたことで注視していたスティーブン両名の心を、見事に打ち抜いた。
「かっ……」
「?」
「〜〜〜〜わいいなあもう!!!」
「み゛ッ!?」
心を打ち抜かれたチェインは、普段のクールな一面はどこへやら、衝動のままに叫び素早くその黒い塊を抱き上げ、その細腕からは到底考えられない力でぎゅうぎゅうと抱き着き頬擦りをしだす。
突然のことで全く身構えていなかった黒猫は、抵抗する間もなく捕えられ短い悲鳴を上げていたが、チェインはお構いなしである。
「もちろんだよリッカ!私が手とり足とり教えてあげる!!」
「あ、ありがとうございますミス…!」
彼女のこんな姿を、あの褐色の男が見た日には何て言うだろうか。スティーブンはそんなことを考えながらも、感情のまま行動できるチェインが羨ましいと思った。
その時、チェインの肩越しに抱き着かれたままの黒猫と視線がかち合う。猫は気まずそうに視線を泳がし、しかしきちんと金色をスティーブンへと向けた。
「ミスターも申し訳ありません、折角くださったのに…。猫ということを除いても婆故、機械には疎くて……」
「あ、いや、俺の方こそ気が利かなくて悪かった。でもそういう事なら、俺に訊いてくれても良かったんだぞ?」
「いいえ、ただでさえミスターは誰よりもお忙しい立場ですし…。そ、それに」
「それに?」
「やはり、恥ずかしいではないですか」
そう照れ笑いしている顔は猫であるはずなのに、なぜかスティーブンにはレオナルドから聞き複写した”彼女”の顔が見えた、気がした。
それを見たスティーブンの身体のどこかで、ことりと音が鳴る。
「同じ女性であれば、まだ恥ずかしさも和らぐかと……ミスター?」
そこで黒猫は、スティーブンの様子が変わったことに気付き声をかけようとする。
しかしそれは急に「でも!」と言うチェインの声と離された身体の所為で、掻き消えてしまった。
チェインの身体から離された黒い塊は、しかし彼女の腕に掴まれたまま、近い距離でその黒目と自身の金目を合わせる。
「リッカがその他人行儀、やめてくれたらいーよ」
その満面の笑みに、黒猫は金色をまあるくさせたあと。諦めたように笑うのだった。



(それじゃあ、教えてくれますか?……チェイン)
(敬語もなーし)
(ぜ、善処しま……する)

(それにしてもミスター、どうしたのでしょうか)
(……)



【完】

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