九生

□02
1ページ/1ページ


 アジアン系の顔つき、黒い艶のある髪、佇まいは真っ直ぐとしており、黒と臙脂の袴を身に纏っている二十代後半位の若い女。
 腰にはジャパニーズソード―――日本刀を差しているが、それすらも彼女の凛とした雰囲気を増長させている。
 一言で言えば、大和撫子。
 その姿を拝むためには、誰かとキスを交わさなければならない。

 「っつーことでリッカ、オレとキスしろ」
 「お断りします、ミスター・レンフロ。」
 事務所の長ソファにて、一人の男と一匹の黒猫の攻防が行われていた。
 「なんでだよ!陰毛頭とはキスしたじゃねーか、こいつは良くてオレはダメなんかよ」
 「あの時、ミスター・レオナルドには感謝の言葉をお伝えする必要がありましたから。この姿では失礼でしょう?」
 「いいからキスさせろよー」
 「貴方の場合、口づけだけでは済まない気が致しますので。お断りいたします」
 「わかってんじゃねーか。それなら話は早ェ…」
 人間の姿になってヤらせろ!恥ずかしげもなく大声でそう叫んだと同時に飛び跳ねた男を冷静に見上げた猫は、自身の真上に男の身体が落ちてくる前にひらりと身を翻し、ソファから降りる。
 猫はそのまま移動し、向かい側の一人用のソファに座っているレオナルドの膝に飛び乗った。直後に銀髪褐色の男―――ザップは、顔面からソファに墜落した。
 「ザップさん……そりゃないっすわドン引きっすわ」
 「貴方は人間の割に、本能で生きすぎだと思います」
 「まあ、この人脳味噌が下半身で出来てるって言われてるくらいっすから…」
 そしてレオナルドと共に、無遠慮に冷ややかな視線を浴びせる。が、それをもろともしないのか単に気付かないだけか、顔面の痛みから復活したザップはビッシィと効果音がつきそうなほどの勢いで、一人と一匹を指差した。
 「だってズリーじゃねえか!お前の人間の姿見たことあんのその陰毛だけなんだぞ!?」
 「とうとう僕の存在が陰毛にされた…」
 「わたしのヒトの姿は、ミスター・レオナルドから聞いて知っているのでしょう?描いたものを見せてもらいましたが特に差異はありませんでしたし、改めて見る必要はないでしょう」
 「陰毛のハジメテを奪っておいてよく言うぜ!」
 「それは今関係ないのでは……えっ」
 ザップからの衝撃の事実を聞いた猫は、きょとんと金色を丸くさせ瞬きを二回ほど繰り返した後、背後にあるレオナルドの顔を見上げる。
 「……本当ですか?ミスター」
 「えっ?あ、まあ……」
 本人にとっては非常に言い難いことである。故にレオナルドがしどろもどろになりつつも首肯したのを見た途端、猫は彼の膝から瞬時に飛び下り床に頭を押し付けた。
 「もっ、申し訳ありませんミスター!外国住まいの方なので、てっきり口づけは済んでいるものだと……!」
 「ええええ!?や、あの、六華さん頭上げて…!」
 「うら若き少年の大切なファーストキスを、よりにもよってこんな婆が…!謝り倒しても足りません…!」
 「僕は気にしてませんから!…って、え?」
 「ババアって、どーゆーこったよお前」
 ごりごりと額を床に擦りつけて謝罪を続ける黒猫の、その滅多に見られない動揺した様子に始めこそ驚いていたレオナルドだったが、猫が放った言葉の一部に違和を感じ素っ頓狂な声を上げる。それはザップも同じだったようで、目を丸く開きつつも猫に確認を取る。
 二人の雰囲気が変わったことに気が付いたのだろう、黒猫はゆっくりと顔を上げつつ、ザップの呟きにも似た問いかけに実にあっけらかんとした様子で答えた。
 「わたしは今、三度目の生を生きていることになりますが…わたしがこの世に生を受けた時から数えると、もう四百年は生きていますので」
 だから、わたしはもう婆なのですよ。
 にっこり、笑みを浮かべてそう言い切って見せる黒猫を前に、少年と青年の絶叫が事務所に響き渡った。



(え、だって単純に計算合わないじゃん!)
(“九生の猫”は本来の寿命が長いですから)
(じゃあ人間の時の姿って…!?)
(あの容姿が一番気に入っているので)

(そんな婆なわたしでも抱きたいと?ミスター・レンフロ)
(穴があれば支障ねーだろ)
(うーわー……この人マジ…)
(凄まじい性欲ですね)
(つーワケでキスさせろ)
(お断りいたします。)



【完】

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ