九生

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「さて少年?あの猫に逃げられるまでの経緯を話してもらおうか」
にっこりと笑みを浮かべる目の前の男から発せられる空気はあまりにも冷たく、固いコンクリートの上に躊躇いもなく正座したレオナルドの身体を二重の意味で震わせていた。
あの一分にも満たない時間で、一体何があったのか。レオナルドは半ば脅されるかたちで、自分を見下ろす仲間たちに説明を始めた。

『……これで貴方は、もう動けない』
人語を話せる黒猫は、その言葉を最後に息を引き取ったのだという。
己が闘っていた”敵”の最期を見ることなく、レオナルドの腕の中で、目を閉じ呼吸を止めた。
段々と温度を失くしていく身体、硬直していく体躯は、紛れもなく生物が死した後に起きる現象。
この時、確かに黒猫は“死んだ”のだ。

「それならどうして、亡骸が無いんだ?」
「……”名前”を、呼んだんです」
小さな身体で吸血鬼と渡り合い、人語を介し、ヒトのように笑みを浮かべて死んでいった、謎が多すぎる不思議な猫。でもこの猫は確かに、吸血鬼に殺されそうになった彼を、命を賭して庇い、守ったのだ。
その存在が自分の腕の中で、命を落とした。仲間たちに比べあまりにも”普通”である彼は、そのことに大きく動揺し、思わず腕の中の亡骸を揺らした。
彼の”眼”にしか捉えることの出来ない、その猫の”名前”と取れる文字の羅列を叫びながら。

すると、不可思議なことが起きる。”名”を唱えた途端その猫の耳がピクリと動いたと思ったら、瞼が開きレオナルドの青の眼と黒猫の金の眼がかち合ったのだ。
いつの間にか、腕に感じる温度もあたたかくなっていた。

「……再生、とは違うな。信じ難いが生き返ったと言うべきか」
「でも、それだけじゃないんです」
何が起こったかわからず驚愕しているレオナルドに追い打ちをかけるように、黒猫の顔が近づき双方の口が合わさる。

「えっ、何オマエ、猫なんかにハジメテ奪われちゃったの?」
「何でファーストキスだって決め付けてんすか……まあそっすけど」
「図星じゃねーか」
「うるせーですよ。まだ続きあるんですから聞けよSS先輩」
『ありがとうございます、少年。』
『へ……』
『でも、どうかこの事はお忘れください』
口と口が合わさったとき、確かに相手は件の黒猫であったはず。しかし彼が一度瞬きをしたあとに視点の合わない距離にいたのは、紛れもなくヒューマー…しかも女性だった

「……童貞君の妄想?」
「現実です!リアルに起こったことっす!!」
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